視線外れの石ころ

 私を見てよ。宝石みたいに手が届かないあの子より、私みたいなどこにでもいる石の方がお手頃で良いでしょ。それにあの子より、私の方があなたのことを確実に好きになってあげるよ。

「さぁて、今日はどこにいっかなー」
「まーたソニアちゃんのストーカーなの? 趣味わっるい」
「うっせ! ストーカーじゃねーっつーの」

 この島に来て以来、いや、来てすぐにド派手な髪色をした、いかにもイケイケそうな男の子は、キラキラな王女様に恋をしたらしい。恋というか、一目惚れというか、気がついたときにはソニアちゃんにペコペコしていた。こんなにわかりやすく好意を見せることがあるか、と思いながらも、本人は満足そうだし。私が左右田和一に好意を向けていることも知らずに、なんて呑気な。
 この男、私が言った通り、ほとんどストーカーである。自由行動の時間になると決まってソニアちゃんの居場所を探り始め、しかもその場所には決して行かず、話さず、少し離れたところから観察をして、もう、ストーカーだ。

「……で? なんでオメーはいつもオレのとこにいるんだよ」
「…………やることないし、左右田くんとソニアちゃんの恋を応援してあげようかと思って」

 半分――いや、八割が嘘で、残りの二割はホント。もちろん、それを口実に左右田くんに構ってもらいたいからに決まっている。けれど、こんなに思い続けている左右田くんをどこか応援してしまうのも本当だ。失恋の応援だなんてごめんなのに、何故だか私の良心が、的確なアドバイスを送ってしまう。そんなことしたって、私には何の得もないのに。
 左右田くんは私の言葉を聞いて、ぽかんと口を開けるものだから、何かまずいことを言ったかしらと首を傾げれば、私の大好きな、ギザギザ尖った歯を見せた笑顔を向けてくれた。そう、あなたがそれを向けるのは、私にだけでいいの。

「サンキューな、苗字。お前良い奴だな」
「いいよ。私ら、……友達でしょ」

 友達、と口に出すのは心苦しかった。男女の友情は成立すると思う。けれど、それはお互いに、相手に恋愛感情を一ミリとも向けていないときに限る。私が左右田和一のことを好きな時点で、この関係は破綻しているのだ。
 初めてその笑顔を見たときから、ずっとその笑顔が好きだ。他でもない、私に向けられる、その笑顔。未だに私の気持ちに気がつかない左右田和一は、私に清々しいほどの笑顔を向けているのだから、私のこの作り笑いが引きつっていることに気がついていないのだろう。左右田和一の瞳には、ソニア・ネヴァーマインドしか映っていない。私は、尻尾を振ってソニアちゃんに擦り寄る左右田くんを、一歩引いて見ることしかできない。

 どうせ、叶わない恋なのだから。

 ❋❋❋

 これは、神様からの贈り物なのかもしれない。といっても、実際にここの気候を変動させているのは、どういうわけかモノクマかモノミだと言うので、悔しくもそいつらからの贈り物ということだろう。長袖の子も何人かいるあたり、丁度良い気候だったんだけどなあ。

「……?」

 また、いつもみたいに暇だったから、ルンルンと尻尾を振っては、田中くんと行動をすることに決めたらしいソニアちゃんに肩を落とす、このド派手ボーイと行動をすることにしたのだ。慰めという名目で、しかし彼はフラれたにもかかわらず気になるあの子を監視したいそうだけれど。どうやら田中くんとソニアちゃんの約束を聞きつけたらしい左右田くんに続いて、二人がいるそのビーチに向かう途中で、妙な違和感があった。ぼんやりして、どこかむせ返るような。

「はぁ……今日もお美しい……隣のアイツがいなければそれはもう最高だったろうな!!」
「……はは、最低じゃん」
「ちくしょう……羨ましい」
「素直だよね」

 左右田くんがコソコソと田中くんたちをつけているのは、バレていないようで二人にはバレているだろう。特に、ソニアちゃんの方は左右田くんをあまり良く思っていないようだから、尚更。そんなことはとても左右田くんには言えないから、付き添いだ。

「ねえ」
「お?」
「どうしてソニアちゃんを好きになったの?」

 左右田くんは、ソニアちゃんが好きだ。何かあればソニアさん、ソニアちゃんが喋れば流石ソニアさん、そうやってゴマをすって、だからこそあまりよく思われていないのだろう。彼女を特別視しすぎているから。けれど、左右田和一がソニア・ネヴァーマインドを好きな理由は不透明すぎる。見ているこちらからしても、気がつけば、突然に、そういう素振りを見せ始めたから。
 派手な髪色をした左右田くんは、特に恥ずかしがる素振りもなく、少し考えてから、木陰の中で口を開いた。

「そりゃオメー……金髪だし、綺麗だし、本物の王女様だぜ? 好きにならないわけがないじゃんか」

 やはり、浅すぎる。恋愛をもしかするとしたことがなかった左右田くんにとっては十分だったのかもしれないけれど、それにしたって、恋と呼ぶには、どこか。なんて、私の願望に過ぎないのだ。これが左右田くんの勘違いで、ただの核の違う彼女に憧れを抱いているだけで、私にも少しくらい希望があればいいのに。そういう黒い企みを抱いているだけに過ぎないのだ。

「ふーん……」
「オメーから聞いたんだからもっと興味持てよ」

 興味があるから聞いたんだ。でも、それにしたって、あなたがソニアちゃんに惚れた理由が腑に落ちないの。あわよくば、私を好きになってくれたらって、私がもし金髪になれば、好きになってくれるのかな、なんて思って、もちろんそんなことはないな、と息をついた。
 なんなんだよ、と零す左右田くんは、そんな話をしている間に遠ざかっているソニアちゃんたちを見て、ヤッべ、と声を漏らしては木陰からぴょんと飛び出た。私もストーキングには向いていない格好をした左右田くんの後ろにつくように、木陰から新たな影を伸ばすと、頭がふらっと、視界がぐわんと揺れた。

「……!」

 思わず手で頭に押さえて、その場に膝をついてしまう。モノミたちの手入れが行き届いているのか、ミニスカートにもかかわらず、小石が膝に刺さることはない。ごん、という鈍い音を認識したらしい左右田くんは、ソニアちゃんの揺れるポニーテールからこちらに視線を移すと、人工的なピンク色をした瞳をこちらに向けて、鋭くつり上がった目を真ん丸にした。

「あっ!? おい!!」

 左右田くんが、声を張り上げる。ぼやけた視界の中に映っていたソニアちゃんや田中くんは、私たちの現状に気がつくこともなく、ビーチへと姿を消した。左右田くんは、慌てた素振りを見せてから、私と同じようにその場にしゃがみ込んだ。

「おいっ、苗字!!」
「……ん、大丈夫…………じゃない」

 大丈夫じゃないけれど、私は一度「大丈夫」と言おうとした。もし大丈夫なんて言って、左右田くんがソニアちゃんのところに行くのが嫌だから。ソニアちゃんたちを逃がしてしまって、左右田くんに良いことはない。けれど、今、左右田くんの目に映っているのが私一人だけという事実が、この状況に似合わず嬉しかった。

「だろうな。……立てるか?」
「んーん……」
「病院行くか?」
「多分熱中症、だから。コテージまで、……運んで?」
「あー、確かに今日暑いもんな」

 一度木陰に引き戻された私は、左右田くんの少し男らしい腕を掴んだ。今日くらい、良いでしょ。甘えたって、左右田くんは疑問に思わないでしょ。少しでも私にときめいてくれたら良いのに、なんて思って、ぎゅっと力を込めると、左右田くんは口端を少し結んでから、腕を一度優しく払い除けて、私の前にしゃがんでいた身体はそのままに、背を向けた。それから、腕を後ろに回した。

「……ほらよ。おぶってやる」
「……はは、左右田くんが。……持てるかな」
「ったく、オレはそんなひ弱じゃねーっつーの。オメーもそんなに重くねーし」
「体重の話はしないの」

 あの余計な通信簿のせいだ。体重に胸囲に、絶対にいらない情報でしょ、と思いながら、このノンデリ男の背中に身を任せられる嬉しさから、えい、と背中に抱きつくようになった。汗とオイル、それから男の人の匂いが鼻について、なんだか嬉しい。まあ、私も汗臭いだろうし。少しびくりとした左右田くんに構わず、首に腕を巻き付ける。

「よっ、と……」
「わ、ほんとに軽々」
「馬鹿にすんなって。……汗臭いだろうからあんま嗅ぐなよ」
「やだ」
「なんでだよ」

 ミニスカートから覗く汗ばんでいる足が、左右田くんのゴツゴツした手によって触れられている。少しくらい、興奮してくれないかな。誰かに見られたら、左右田くんはどうするんだろう。私はむしろ好都合。なんならソニアちゃんに見られて、私たちがそういう関係だと勘違いしてくれたらいいのに。……なんて、左右田くんはすぐさま否定するだろうな。そう思いながら、慣れない様子でバランスを崩さないように歩く優しい左右田くんに身を任せて、首筋の匂いを嗅ぐと、「オイ」と小さく声を上げた。

「なんだよ、オメーまさかそういう……?」
「冗談やめてよ」
「お、おう……とりあえず急いで苗字のコテージに向かうから耐えてくれよ」
「うん。……ごめん、ありがとう」

 左右田くんへの申し訳なさと感謝を伝えて、この体調の悪さにもかかわらず左右田くんと二人だという実感が嬉しくて、ふふ、と小さく笑うと、「何笑ってんだよ」とでも言いたげに息をついた。

 ❋❋❋

 コテージに着くと鍵がかかっていて、「私のスカートの中だよ」なんて冗談を言うとわかりやすく固まったので、体調不良ゆえの力ない笑いを漏らしてから、ジャケットのポケットに入っている鍵を手渡しする。左右田くんはそれを器用に片手で受け取り、片腕だけで私を支えながら――といえば背中を丸めているため嘘になるが、コテージのドアを開けると、靴を乱雑に脱いでから、私をベッドに寝かせた。それから、私も靴を履いていることを思い出したのか、「失礼します」なんて弱々しく吐いて、私の靴を脱がしては一緒に靴を玄関先に揃えたらしい。

「……ありがと」
「はぁ……心配かけさせやがって」

 心配。私は、左右田和一に心配をかけさせた。ソニアちゃんじゃなくて、私が。目を瞑ったまま、ふふ、と笑顔が漏れ出ると、ピンクの彼は小さく「うおっ」と驚いたような声を漏らした。
 左右田くんは、用を済ませたからもう帰るのかと思いきや、エアコンをつけてから、その場にあぐらをかいて座った。エアコンは、たまに故障するから、そのときに左右田くんに直してもらっている。左右田くんを今まで部屋に入れたのはそのときだけ。ついでにいえば、男の子で部屋に入れたことをあるのも、左右田くんだけなのだ。

「冷蔵庫借りていいか?」
「……なんか欲しいものあるの?」
「熱中症だろ? 水だよ」
「……あー、そっか。……左右田くんも好きなのもらっていいよ」

 備え付けの小さな冷蔵庫。好きなの、といってもその中にはスーパーから調達してきた水とリンゴジュース、それからチョコレートくらいしか入っていない。冷凍庫があればアイスをたんまり冷やしておいたのだけれど。
 ガラスのコップに液体が注がれる音がする。しばらくして音が止んだと思いきや、また空のコップが満たされている音がして、ゆっくりと寝返りを打ってそちらを見れば、左右田くんはリンゴジュースを飲むらしかった。

「ほらよ」
「ありがとー……」

 よいしょと起き上がって、サイドテーブルに置かれたコップの並々入った水をぐっと飲むと、冷えていたために歯がキーンと痛んだ。思わず顔を顰めて、左右田くんを見ると、ちらちらと心配そうにこちらを見ていた。

「左右田くん、それ。そのビニール袋取って」
「これ?」
「うん、それ」

 左右田くんは私の言う通りビニール袋を取ってくれたので、それを手探りでガサゴソすると、清涼感のあるラベルを手に取ることができたので、封を切ってから、一枚、二枚、とシートを取り出した。

「左右田くんも使う? すっきりすると思うよ」
「ああ、サンキューな」
「うん」

 私が指先で軽く摘んでいた制汗シートを受け取った左右田くんは、ツナギのファスナーを少し下ろしてから光る首筋をなぞっていった。どこか色っぽくて、こんな状況で、私の方が興奮してしまう。そうしていると視線を感じたのか左右田くんがこちらを見たので、すっと逸らしては私もボタンを二つ分開けた。拭いたところから、ベタつきが嘘みたいにすーっと抜けていく感覚がする。本当はシャワーも浴びて服も下着も替えたいけれど、とても動けそうにないので今のところは我慢だ。汗の匂いが、この部屋に充満してしまうかもしれない。
 ぐしゃぐしゃと丸めて、もう一枚使うか迷った挙句に、左右田くんの気まずそうな視線に気がついて、その視線を私が追いかけると、ほほう、なるほど。

「……興奮した?」
「なっ……!」
「冗談冗談、はは」

 左右田くんの視線は私の首筋と脚と床を行ったり来たりしていて、まあ、思春期だし。それに、好きな男がそういう目で私を見ていてくれたとしたら、嬉しくないわけがない。左右田くんは頭をぽりぽりと指先で掻いてから、あぐらをかいていた片足を立てた。

「……帰る?」
「おー。そろそろオメーも大丈夫そうだし。ま、念のため他の奴らには言っとこうか?」
「ううん、明日には復帰できるように頑張るよ」
「わかった」

 リンゴジュースを空にすると、彼は律儀にシンクでコップを丁寧に洗ってくれた。左右田和一の使った、コップ。また意識がぼんやりとしてくるのは、眠気か、熱中症のせいか。ピンク色が近づいてきたかと思えば、私の前にまたしゃがみこんで、じっと目を合わせた。恐ろしいほどに、真っ直ぐだ。こんな目を向けてもらえるソニアちゃんが、羨ましくて仕方ない。

「じゃあな、お大事に――」

 彼の言葉の語尾は、どこか歯切れが悪かった。それも、私のせいだ。立ち上がりかけた彼の私よりも太い腕をぎゅっと掴んでしまったから。咄嗟に? それとも計画的に? そんなの、どうだっていい。左右田くんが、ソニアちゃんのことを好きなのは知ってる。
 彼の目がまた見開かれる。いきなり何をするんだ、とか、もしかしてまだ体調が悪いんじゃないか、なんて、驚きと心配が入り交じったような表情だ。
 なんて言うか、迷ったのは一瞬だった。

「行っちゃやだ」
「……は?」
「左右田くん、行かないで」

 あなたはここから出たら、私のことが頭の片隅にあったとしても、またあの王女様の虜。叶わない恋に一生懸命になるだけだ。だから、そんなの嫌だから、私を見て。私だけを見て。
 ぎゅっと力を込めれば目の前の景色が、左右田くんの姿がより一層ぼやけて、彼の喉元が上下したような気がした。