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 一年生の頃から度々思うことがあった。付き合った後なんてなおさらだった。それは私たちが一年生の職場体験前に決める『ヒーロー名』についてだ。学校生活を送っている間はヒーロー名で呼ぶことなんてそう多くない。けれど、正式にヒーローとして社会に出るとヒーロー名で呼ぶことが多いのだ。

「苗字、さん?」
「……」
「俺何かしたかな……」

 今日たまたまそれを聞いて不貞腐れてしまった私はソファで膝を抱えていた。もちろん自爆だ。本人も呼ぶのを少々躊躇っていたことはあったけれど、それが逆に私を不安にさせた。どうやら本当になぜ私が不機嫌なのかわかってないご様子の環くん。一人むくれていても仕方ないので、彼と目を合わせないまま口を開いた。

「……波動先輩」
「? 波動さん?」

 もちろん環くんがそれだけでわかるはずがないことなんて知っているので、少しずつ言葉を紡いでいく。

「波動先輩のヒーロー名、『ネジレチャン』って言います」
「そうだね……?」

 まだ頭に疑問符を浮かべている環くん。鈍い。鈍い。そんなところも好きだけど、今日は好き以上に嫉妬してしまっているのだ。

「……環くんが波動先輩のことヒーロー名で呼ぶと、もやもやしちゃう」

 すごく自分勝手だと思う。波動先輩にも環くんにも非はないのだから。私は波動先輩のことが嫌いとかそういう理由でこう言っているのではない。むしろ波動先輩は私によくしてくれて、綺麗で憧れの先輩だったから、すごく好きまである。
 でも、環くんは私の彼氏なのに私のことを今でも「苗字さん」なんて呼ぶ。環くんが私のことを好きで、大切にしてくれているのは十分伝わっている。でも、ヒーロー名とはいえ他の女の人を名前で呼んで、私のことは苗字で呼ぶなんて。

「ご、ごめん……」
「謝らなくていいの。環くんは悪くないもの……」

 これに関しては本当に誰も悪くない。環くんの性格上私のことを苗字で呼ぶことだって知っているから。強いて言うなら私の心の狭さ。他のプロヒーローたちの彼女さんだって同じ状況かもしれないのに。
 それに波動先輩だけではない。轟くんだって、ヒーローとして世の中に出てしまったら同じだろう。まだ正式に活動していないのに一般人に『ショート』として認知され、連呼されているのだから。
 そして私は膝に埋めていた顔をさらに埋めた。子どもっぽくてごめんなさい。でも、

「……どうしても、嫉妬しちゃうの」

 自分勝手な彼女でごめんなさい。欲を言えば私だって名前で呼んでほしい。でもそんなことをねだろうものなら環くんのお顔はあっという間に茹でダコ。結局言えずに終わってしまったことが過去にあったから。私は早々に「環くん」呼びに変えて、敬語だって外したんだけどな。……もともと「環先輩」呼びだったからシフトしやすいのもあったけれど。
 環くんはぎこちないけれど、手も繋いでくれるようになったし抱きしめ合うことも最初に比べると多くなった。キスも数回だけど、環くんなりの勇気を振り絞ってしてくれた。でも、肝心の名前は呼んでくれないから。

「……環くん」

 私は名前で呼んでるのにな、なんて思いつつ。顔を埋めたまま一人呟いてみた。環くんがもし「名前さん」なんて呼んでくれる日が来たら、どんなに嬉しいか。今でも幸せすぎる人生はさらに幸せになってしまう。けれど、そんな何年後かわからない話を想像したって――

「…………名前」
「……っ!?」

 何年後かなんかじゃない。それは数秒のことで。ただ言ってみてくれただけかもしれないけれど、嬉しさより驚きが勝ってしまって私は勢いよく顔を上げた。ぼんやりとしている視界は徐々にはっきりとしていくと、耳まで真っ赤にした環くんが視界に映った。

「た、環くん、」

 思わず身体をぐい、と環くんに寄せると、環くんは手でストップをかけた。なんならソファから落ちそうになっていた。そんな姿はやっぱり愛おしくて、私のために頑張って名前まで呼んでくれて。しかも予想外だったのは敬称を付けずに呼び捨てだったこと。ああ、思い出すだけで心臓に悪い。
 今度は私の顔に一気に熱が集まる。私の顔を覗き込んだ環くんは、私の行き場のなくなってしまった手を控えめに握った。

「もし不安にさせてたなら……これで不安じゃなくなるなら、いくらでも呼ぶから」

 手を握る力が強くなると、環くんは小さく息を吸い込む。私はその呼吸音のする方をゆっくりと向いた。

「俺は名前のこと好きだから、大好きだから」
「わ、わかったから!!」

 今度は私が手でストップをかけた。心臓がうるさいほどドキドキしている。形勢逆転。こんなの、こんなの、

「大好き……」

 顔が赤いのとか、表情とかを誤魔化すように環くんの胸に身を預ければ、彼はぎこちない動きで私の背中に手を回した。