点を繋ぐ

■ ■ ■

 雄英高校を去った。

 荼毘に手を引かれるまま、私は敵へと落ちた。もし、止めてくれる友達がいたら――緑谷の言うことに耳を傾けていれば、私は雄英高校でヒーローを目指していたんだろう。
 すっかり敵側に染まってしまったもので、私にヒーローの心なんて、ほとんどないのかもしれない。でもやつぱり、クラスメイトだった皆が恋しい。切島と話すのも、爆豪くんに一方的に絡むのも、楽しかったから。何だかんだ好きだったんだな、一年A組のこと。

「ちょっと、寂しいかな」

 苗字名前十五歳。雄英高校を辞めてから数日が経った今もなお、制服を身にまといながら廃ビルの屋上に佇む。瓦礫を蹴って、砕いて、縁に立つ。
 ――あんまり高くないな。
 それもそのはず、この廃ビルは所詮四階建てなのだから。
 縁に腰かけ、膝を抱える。秋の匂い。夜の色。もうすっかり涼しくて心地いい空気が肺を満たした。

「あれ、」

 少し離れたところでパチパチと音を鳴らして光っているあれは。

「爆豪くんだ」

 こんな夜に火遊びかな。ううん、爆豪くんはそんな何も考えずにこんな時間まで火遊びするような人じゃない。彼はすごく冷静だから。何か事情がある、あるいは特訓か何か。
 しばらく眺めていると、後ろから切島と上鳴が爆豪くんのところに駆けつけた。相変わらず仲良しだなあ。頬杖をついて二人を見守る。上鳴が電気をまとえば、爆豪くんがパチパチと火花を散らす。

 ――何やってるんだろう。

 爆豪くんの“個性”、花火みたい。花火の種類とかはあんまりわからないけど。吹き出し花火。意外と線香花火。

「花火、いいなあ」

 ぽつりと呟き、膝に顔を埋めた。
 皆と花火、やってみたかったな。楽しそうな皆の顔。私がいなくなって、どんな顔をしてるの? あなたたちクラスメイトの手をとらずに、こちら側に堕ちた私のことを、どう思ってるの?

 爆豪くんたちが私の視界から消えた。だから私もそろそろこの廃ビルから去ろうとしたとき、後ろからパチパチと音が聞こえた。爆豪くんみたいな――いや、こっちの音の方が、花火に近い。控えめな音は、本当に線香花火みたいで――

「荼毘」

 花火みたい、じゃなくて。それはまさしく花火で。それを持ってる男は荼毘で、小さく燃えるそれは不釣り合いで思わず笑みが漏れた。

「どうしたの、花火なんて持って」

 その場から立ち上がり、荼毘の近くへと移動すると、無言で花火を渡された。

「危ない」

 落ちたらどうするの、もったいない。なんて小言を言いながらその場にしゃがむと、荼毘も一緒に私の前にしゃがんだ。

「意外と長いんだね」

 パチパチとかわいらしい音を立て、線を描くそれに視線を移せば、彼もまた私の手元に視線を移した。そのまま何も言わずに私の手を見ていた。手というか、花火を。

「嫉妬してるの?」
「は?」

 荼毘はこいつは何を言ってるんだ? とでも言いたそうに顔を歪めた。自意識過剰かもしれないけど、自惚れることにした。

「心配しなくても、荼毘の炎も負けないくらい綺麗だよ」

 笑いかければ、彼はその場に座り込んで天を仰いだ。

「まあ、俺の方が派手に燃えられるけどな」
「駄目。自分を大切にして」
「死ぬときはお前も一緒だから」

 ため息をつく。雄英高校が恋しいけど、今はこっちが楽しいから、戻らなくてもいいか。
 描かれていた線は徐々に小さくなり、落ちた。地面に落とされた丸い玉はまだわずかに赤色。荼毘は無慈悲にも、それをつま先で消した。


2022.5.12 夢で見た話