2年目春の月。
エスカが作ったリンゴタルトをバケットに入るだけ詰め込んで、遠くの遺跡群が見下ろせる丘までに2人きりで出掛けることになった。
大地が枯れるずっと前に流行っていた、お花見というものをエスカが古文書で見つけたのがキッカケだった。花を見ながら食べ物を食べる、という主に後半部分に目を輝かせた彼女は、小さくガッツポーズをして俺に提案をしたのだ。
「ロジーさん! 今月の課題早く終わらせたらお花見しましょう!」
早く終わらせたらな、俺が念の為大事な部分を繰り返すとエスカは声高々に返事をし、早速釜に向かって依頼の束をこなし始めた。
「……いつもこうだったらいいんだけどな」
やたらと忙しそうなエスカの背中を眺め、俺も負けていられないと気合が入る。
結局2人で本気を出したせいか、1日どころか1週間も余裕ができてしまったことはマリオンさんには内緒にすることにした。

そして数日後、お花見という名目のピクニックが無事に開催された。
世界が端から少しずつ滅びていくこのご時世、花なんてどこにもなくて“お花見”というよりただのピクニックになっていることにエスカは何の疑問を抱かず、歩く俺のすぐ横をご機嫌なのかスキップをして鼻歌まで歌っている。
「あらかた採取もしましたし、見晴らしがいいとこ探しましょう」
「そうだな」
エスカのバケットにはリンゴタルト、俺のカバンにはついでに採った採取物があふれるぐらい入っている。
「あ、ここ良さげですよ」
バケットを地面に置いて、突然遺跡の石柱によじ登り始めたエスカ。彼女のスカートの丈が短いことに気付き、喉の奥が熱くなった。いっつもそういうことに無防備すぎて心配になる。
「はい。ロジーさんも」
俺の背より数センチ高いところから手を差し出したエスカ。笑顔が逆光で更に眩しく、少し目を細めて俺も笑った。
「無茶しすぎんなよ」
「このくらい無茶じゃありません」
バケットと採取カバンを先に渡し、殆どエスカの手を頼らずに石柱を登る。エスカは軽々しく登っていたが、思ったよりキツくて自分の運動不足を少し悔やむ。開発班の周りの男性たちは屈強すぎて比べる土俵ではないと思っていたが、これでは本気でトレーニングを考えなくてはいけない、女性のエスカに守られる立場では格好がつかない。
「ロジーさん早く早く! 先に食べちゃいますよー」
もう一段登った先でエスカが手を振っている。
「結局ピクニックだな」
自分の背より50センチほど高い次の石柱の端に手をかけ、少し疲れた身体に鞭を打ち登り始めた。



「のどかですねー」
「のどかだな」
地平線で切り裂いた空の橙と大地の橙が、うろこ雲に彩られて更に境目が曖昧になっている。
バケットに伸ばした手が底に触れて、あれだけあったキッシュがものの10分でなくなっていたことに少し苦笑いをこぼした。
まだ1つしか食べていなかったリンゴタルトを諦めて、左に座るエスカに視線を戻すと、彼女は未だに地平線を眺めていた。彼女の桜色の髪が傾いた日差しに染まって少しだけ橙色になっている。綺麗だと思った。

「また来年もお花見しよう」
「何言ってるんですか、来年じゃなくて来月でもいいんですよ。早く課題を終わらせてまた来ましょう」
ややあって、2人で、と呟いたエスカは心なしか頬が赤い。そんな顔されたらこっちも恥ずかしくなってしまう。
「また来よう」

照れ隠しに空を見上げれば、黄昏を攫うように桃色の花びらが何処からか1片、それほど速くないスピードで静かに舞った。





(俺、結局リンゴタルト1つしか食べてないぞ)
(次はもう少し多めに作りますかね)





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