結局充分に寝れず、寝不足のまま出勤することになってしまった。朝から頭の中では蛍さんがくれるであろうチョコレートのことばかり考えてしまっている。
そんなうつつを抜かし、繁忙期だと言うのに仕事が一向に進まずに業務を終えてしまった。捗らなかったというのに定時早々にタイムカードを切り、同期に残った仕事を押し付ける。なんとなく察したような顔をした彼は、14日なんてなくなればいいのにと朗らかに恨み言を吐いた。すまんな。

蛍さんとは成り行きで同棲して半年が経ったが、お互いの関係は未だに曖昧なままだった。男から言わなければいけないことは分かってはいるのだけど、踏み出せば互いの守るべき何かの境界線を破ってしまい、もう2度とこのなあなあで心地よい関係に戻れないような気がしてイマイチ勇気が湧かなかった。
そもそも蛍さんが俺のことをどう思っているのかが全く読めない。好きか嫌いかで言ったら、同棲を始めてくれた時点で好きな方ではあるとは思うのだが、ライクかラブかまでは判別し難い。
だから今日本命をもらえたならば、ちゃんとした告白をしようと昨晩から色々プランを考えていたのだ。たかが14日のチョコレートであるが、俺にとっては今後を決める分岐点になる重要なバレンタインなのである。


……と、散々意気込んでいたのにも関わらず、どういう訳か何事もなく晩飯も風呂も終え、1日がゆっくり終わろうとしている。
八乙女から借りてきたエヴァンゲリオンを一言もかわさず鑑賞している中、ポテトチップスを規則正しい間隔で咀嚼している左側の蛍さんの横顔を見た。室内灯の加減でややピンク色に見える明るい茶髪は、生え際1センチ程黒くプリンになっている。蛍さんは面倒くさがりなんだから、しょっちゅうプリンになるくらいなら黒髪のままでも良いと思うんだが。
「もう寝たい?」
俺の期待の眼差しに気づいた蛍さんが親指と人差指を舐めながら言った。いつもどおりな彼女の様子からだと、今日が何の日か分かっていないような気がする。このままでは15日になってしまう、意を決して聞くしかないようだ。
「あの、僭越ですが俺宛のバレンタインのチョコってあります?」
蛍さんの人より茶色い虹彩が一瞬揺らぐ。
「え、ごめん無い」
あんたバカァ? と、テレビに映るキャラが言う。

この展開は全く予想していなかった。





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