「エディ中尉」

こちらの呼びかけに全く無反応なエディ中尉は、椅子に腰掛けずしゃがんだ体勢で柄悪く煙草を吸っていた。彼の明後日な視線を見ると、吸っているというより火をつけたままくわえているだけようだ。
確かにエディ中尉の視界には入ってるはずなのに返事がなかったことが気に入らなかったため、先程より少し大きめにもう一度名前を呼んだ。
「エディ中尉」
「あ、なに」
「火がついてるのフィルター側ですよ」
少しの間があって、エディ中尉は自分のくわえていた煙草を指で挟むように取ると小さく舌打ちをしてから火を消した。とても虫の居所が悪そうだ。
「なにかあったんですか」
「コウタとちょっとね」
「またですか。でも正直に文句言える友人って良いもんですね」
「友人……と言うか、まあいいや」
何かを口ごもってめんどくさそうに頭を掻いたエディ中尉。後頭部にはどうやって寝たのか分からないような重力に逆らった寝癖が付いている。

「そういや最近見てないけど、あいつの様子はどう?」
「雪ちゃんですか? まだ部屋にこもりっぱなしです。気にかけてはいるんですけど完全にシカトですね」
「そっか、死んでなきゃいいけどな」
「シエルちゃんがとある事情で前に仕込んだ盗聴器から定期的に雑音と時折独り言が聞こえるんで大丈夫元気ですか」
「なにそれブラッドこわ」

盗聴の件はさておき、ジュリウス隊長がいなくなってから雪ちゃんの挙動不審さが日に日に増し、とうとう先日より部屋から出なくなってしまったのだ。高給取りが有給を1週間以上も無言で取るなんて、移籍させてもらった極東支部に大変申し訳ない。
何度か呼びかけみてはいたものの、シエルちゃんが扉の外に食料を置いてくれた後にしか絶対扉を開けない徹底ぶりで、まるで思春期の男子高校生みたいな態度である。でも空の食器をそっと廊下に出す形で返しているのを見た限りでは、食欲なら問題なさそうだった。
つまり、一度ひきこもったはいいけど、出るタイミングを完全に見失ってしまっているのだと勝手に推理をした。

「大丈夫ですよ」
「その謎の自信はどこからくるわけよ」
私も煙草を吸おうと胸ポケットに手を伸ばしたのだが、丁度昨日で終わっていたことを思い出して留まった。それを見ていたらしいエディ中尉がげらげら笑う。
笑ってるエディ中尉をジト目で流すと、見覚えのある金髪が彼の肩越しすぐで視界に入った。

「雪ちゃん!!」

久々に大きい声を出して瞬間に喉を痛めてしまった。正すための咳払いにも構っていられず、すれ違いざまに雪ちゃんの右腕を掴む。
「引きこもりじゃなかったのかよ」
エディ中尉が眉間に見たことのないぐらい深い皺を寄せて言った。
「コウタ隊長から借りてたバカラリーを大人観してたんすよ、コウタ隊長、から、借りてた!!」
「こいつ人を不快にさせる天才か」
「あとガリゴリ君のレモン味が入荷したらしいんで、ユユちゃんの分も買ったよ」
はい、掴んでる腕とは反対の右手からガリゴリくんを差し出してきてきた雪ちゃんは、珍しく似合わない笑顔だった。ちょっとやつれたように見える。

「ありがと」

新作のガリゴリくんは想像以上に酸っぱかった。



Creep
(ほら、大丈夫じゃないですか)
(まだマジで観終えてないからあと1週間は有給もらうけど、ちょっと爪が食い込んでるユユちゃんいたい)





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