本日、真夏日、炎天下。
歩いている道路のずっと向こう側が陽炎めいている。見てしまったと慌てて俯向けば、ラバーソールがサンダルを選ばなかった俺を嘲笑って両足に収まっていた。
暑い、とにかく暑い。世界中の全ての暑いものを一箇所に集めても足りない暑さだ。
こんなに暑くても5月なので当然蝉は鳴いていない。それが異常でなんとも気持ちが悪い。
そんな気持ち悪さを引き摺りのそのそと歩いている脇、この間テレビで紹介されていたラーメン屋に鬼のような行列が出来ていた。こんな暑い中大したものだとしか言えないし、よく気が狂わずにいられるなと感心する。俺なら数メートル先のコンビニまで走ってカップラーメンを買い、冷房が効いてる家でゆっくり堪能する。いややっぱり腹を壊すほどアイスが食べたい。それか寝たい。
ってどうでもいい妄想を繰り広げているが、正直走りまくる元気は現在皆無だ。

「あと10分……」
通り過ぎたラーメン屋は家とスタジオを結ぶ中間地点だ。徒歩20分だから半分にして10分。いつもは苦にならないのに今日はいつもになく辛い。背中のギターも1周回って何も背負ってないかのように思えてきた。
「宮瀬さん」
後ろから覚えのある声が聞こえたが、幻聴だと思って無視をした。
「ちょっと宮瀬さん」
金とピンクのふざけたツートンな髪色の美少女が視界やや下に入る。逆光と病的な程の色白が際立って輝いて見え、まじで天使かと思った。
こんなに暑いのにスタックだらけの革ジャンに黒スキニー、俺より厚いラバーソールを履きこなしている、いかにもバンドマンな風貌の彼女は、訳あって本名を隠し「チロル」と名乗っている。同じバンドのメンバーかつ、複雑な経緯もあって俺の養子だ。
「帰る方向同じだからギター持つよ」
「あ、さんきゅ」
「自分より小さく、か弱い人間に持ってもらう己の非力さに苛まれるがいい」
すでに自分のベースを背負い、更に機材を引いているのに関わらず、いつの間にか俺のギターを背負っていたチロルを見て良心が痛まない筈はなかった。
「もうちょっとだから頑張る……いいよちーちゃん」
「カッコイイこと言っておいてこの重さは無理だった。ご返却する」
「おっも」
返却されたギターは取られた前より重い気がした。
「なんで今日そんなに貧弱なの、スタ練の時からふらふらしてるけど」
「ここ1ヶ月作曲の神が降りてこなくてさ……。そんで降りてくるまで模索続けてるんだけど、なかなか仕上がらなくて一昨日から徹夜。つまり2徹」
自分が決めた締切まであと3曲作らなきゃなんだよなあ、気が遠い。これから帰ってまた神を降ろす儀式から始めなくてはいけない。
チロルは、ふーんそっかと他人事のように頷いた。
「一手で作ってくれるのありがたいけど、無理すんなよ。悪いけどボーカルがダウンしたら僕ら機能しないから」
捻くれてはいるが珍しく気が利いた言葉を口にしてしまい気不味くなったのか、進行方向に真っ直ぐ顔を反らしたチロルの金髪がなんとなく目に入る。よく見ると金というか、限りなく透明に近い白なんだな。
「まあ努力はするよ」
メンバーのみんな、特にチロルがバンドだけで食っていけるように、俺は多少無理しても頑張らなくては駄目なのだ。でも今日はチロルの言葉に免じて少しだけ寝るとする。
心配してくれた感謝の意味を込めてチロルの頭を撫でたが、彼女は不服そうに手を払った。
欲を言えば、もう少し可愛げがあるように育ってほしいところだ。




*ハルシオン組のリハリビリを兼ねて日常文
2019-06-17





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