「おかしいでしょ」 

週末のゲーム仲間兼親友の八乙女が笑った。ボイスチャット越しでも分かる如何にも楽しそうな声色で、多分画面の向こうの彼は酒を片手にいいネタができたとばかりに啜っている。 

「いやおかしいよ、あなたそれ俗に言うナンパってやつでしょ。しかも最後のピザトースト譲ってもらったからって普通、そこで飯誘う?」 

普通に面白いのか、彼の高い地声が更に高い。居心地が悪くなって咳払いをした。 

「誘わないねぇ」 

誘わないなあ、意味もなくもう一度繰り返す。外で喧嘩をしているらしい猫2匹の鳴き声が図々しく響いていて、それが無駄に気になった。 


たかがピザトーストを譲ってくれただけで、ナンパ紛いのことをするなんて自分でも予想外であった。美人が多いと専ら噂だった会社が新しい外注先になり、調子に乗っていたことが祟る。お詫びにお茶でもって自分でもわけわからない、末代までの恥だ。 
そんなナンパに戸惑いながらも名刺を受け取ってくれた彼女は、名刺を滅多に使わない立場だそうで、こちらからお返しに渡せるものは無いのですが、と申し訳無さそうにしていた。
 
「でも仕事が落ち着いたら連絡させていただきますね」
 
連絡くれるんだ、と一息ついたのは良かったが、結局あれから2週間も音沙汰が無い。そりゃそうだ、それが普通だ。 
別に誰でもそうしてる訳ではないと思っても、言い訳にすらならない。苦しいばかりが後の祭りである。 
  

「後先考えずに行動してしまった言い訳はこうしよう、昔ちょー好きだった人に似ていてですね」 
「それ最低な言い訳だよ」
 
間髪を入れず即答する八乙女。 
本当に昔好きだった人に似ているって理由だったならば、最低だけれども一番自身で納得できる理由だ。正直、声を掛けた理由は俺もよくわからない。素直にピザトーストを譲ってもらったお礼がしたかったのか、もしかしたら本当に好きだった人に似ていたのかも。 

「でさ、そーいうのってお決まりだけど、名刺の裏に電話番号とか書くの?」 
「……書くの? だって個人の携帯書いてあるでしょ、名刺だし」 
「え、個人って言っても社用の携帯番号でしょ?」 

嫌な予感がしてゲームをポーズ画面に一度切り替えた。右手でコントローラーを持ったまま、左手で近くに干していたスーツの上着から名刺ケースを探す。八乙女がまさかまさかと囃し立てる。 
手に取った自分の名刺を見て絶望した。 

「俺個人の連絡先、名刺に載ってないわ。載ってるの社用の携帯だけだったわ」 

無駄に広報部が拘った名刺に乗る立体インクが、最低限の個人情報しか載せてねぇよと嘲笑うかのように、テレビの光を受けて艶めいた。 

「この人バカだ」 

にゃはははとか彼の個性的な笑い声が耳障りにヘッドホンから流れる。さっきの猫の喧嘩と同じぐらい図々しい。 

「社用の携帯じゃ余程気がないと連絡取ろうとしねぇよなぁ」 
「ですよねー」 

何やってんだ、俺。ナンパしちゃったたははどころの騒ぎじゃないやん。 
モニターに映るポーズ画面を放心気味に眺め、それから倒れそうな勢いをつけて背もたれに八つ当たりした。 

「次のナンパから気をつければ」 

やっぱり他人事の八乙女は楽しそうに笑う。 
次はねえよ、自嘲気味に笑った。 
 






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