「降られちゃったね」
「降られちゃったねぇ」

ビールと荒削りの氷、少しの甘いものとコーラを詰めたビニール袋を両手にコンビニを出たのが5分前、突然の土砂降りに遭遇したのが3分前、視界に入った店の軒先へ一目散に飛び込んだのが2分前。
バケツをひっくり返したような雨を突然浴びて、完全に服は上下ともにびしょびしょだった。ワイシャツが絞れるほどの水を吸って重たく思う。
「ちょっとそこのコンビニまで、って流石にダメだったかぁ」
「遠くの方で黒い雲があるな程度だったからね、私も完全に傘はいらないかと油断してた」
ごめん、蛍さんが濡れた前髪を両手で分けながら困ったように笑った。いつもは重めに切り揃えた前髪で見えない眉毛が覗き、印象がガラリと大人っぽくなった。一瞬惹かれてしまう。
まるで誘うような首筋から鎖骨を通って胸元へなぞる雨水と、白いTシャツに透けた黒のタンクトップと肩の肌色が目線を誘惑した。彼女に見ていることを悟られる前に、ごまかすように庇からぐっしゃりと流れる雨水へ視線を逃す。喉の奥が熱い。
「やみそうにないか、どうしようか」
視線に気付いていたのか、いないのか、蛍さんはちょっとだけ上擦った声で喋った後、ややあってくしゃみを小さくする。
それを聞いてコンビニで買い物と言えども傘は持ってくるべきだったと俺の方こそ後悔をした。自分だけならとにかく蛍さんが風邪をひいてしまったらと、少し重ための罪悪感を抱いてしまう。何がなんでも人のせいにしない彼女だからこそ、責任が重く思えてしまうのだ。
「……る? 走って」
少しだけ上の空だった俺の、シャツの裾を引いた彼女は、いまだ叩きつけるような音を立てて降り続けるザザ雨の先を指さして首を傾げた。
「このまま走って帰ろう、早くしないと氷が溶けちゃうよ。大きいゴロゴロの氷でコーラ飲むんでしょ」
「んー、走って帰っても結局びしょびしょだから……、どうせなら歩いて帰ろ。10分もしないでしょ」
ほら、一歩先に出て蛍さんの手を引く。ばたばたと頭や肩を叩く雨が意外にも心地が良かった。
彼女は少しだけ躊躇った後、俺の手のひらを人さし指から順に握り返して、滝のような雨の下へと踊り出る。何か大きい声を上げたらしいが、何を言ったか聞き取れなかった。
アスファルトへ叩きつける雨音だけが世界を彩っている。いつもなら突然の通り雨には悪態をつくが、大切な人がいるだけで世界の見え方が随分と違う。
顔を上げた蛍さんが、目を細めて笑った。長い睫毛に雨粒が乗っている。俺は今どんな顔しているのだろうか、とりあえず笑顔の安売りをしておいた。



サザ降り、
(もう少し帰路が伸びたらいい)








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