「じゃあしますか、ルームシェア」
冗談で言ったのに、その言葉は本当に突拍子もなかった。
まだお互いを知らなさすぎるのに、ルームシェアをなぜ許可したのか、仁部さんの思考を疑いたかった。
が、冗談ですよと訂正する暇もなく仁部さんは微笑みながら、じゃあ連絡先でも、と言ってなされるがまま、連絡先を交換してしまったのだ。
「その仁部って人大丈夫なの?」
会社の昼休み、一連の流れを話した同期の遥菓に全力で心配された。そりゃそうだ、出会ってまだ2回目である。
「悪い人ではないと思うんだよなあ」
「でもわかるわ、程よく顔がいいんでしょ? もうさあ、バンギャルは腐ってもバンギャルなんだよね」
遥菓はコンビニのおむすびを頬張りながらぽつり呟く。自分に言い聞かせるような口調だった。
私と遥菓は、少し前に解散した同じバンドが好きだった。
いわゆるビジュアル系のバンドで、そのファンの総称を“バンギャル”という。顔ではなく音楽が好きだと提唱する集団であったが、実際バンギャルから上がり、普通のバンド音楽を聴いてもボーカルの顔が良くなければ聴かないという人は多い。
私と遥菓はまさにそれで、入社研修会ですぐに意気投合し仲良くなった。
「強面なのによく笑うし、何より笑った顔が柔らかくて。あとブラックで飲んでたコーヒーが苦くて、後から砂糖を入れたとこもいい」
「うわ、会って2回目なのにめっちゃ褒める」
「でも同棲は冗談だったんだよ?」
「でもほら、向こうは提案した手前取り消せないじゃん」
じゃあ私が冗談ですって早く言えばよかったってことじゃん。そりゃそうじゃん、遥菓が言う。
今からでも冗談でしたと言っても遅くないかなと思い、携帯の画面を見た時だった。ちょうど通知画面がポップアップし、噂の仁部さんからのメッセージを冒頭の2行だけ表示した。
その業務連絡のような淡々とした文章に驚きというか、仁部さんの本音が伺えない文字の羅列に不安もあった。
「夏季休暇中に今のアパートを出るらしい、仁部さん」
「本気だ」
本気だ、私は遥菓の言葉をそのまま繰り返した。
かくして、憧れであった会社徒歩10分圏内の2LDK賃貸マンションにて、ほぼ知らない人との同棲生活が始まった。
←
/Innerworld/novel/2/?index=1