「今日も今日とて依頼が多いな……。俺の他に錬金術士だの薬師がメインジョブの輩はいないのか? 錬金術が発見されてからもう随分と経つぞ」
まあ独占市場で同業者がいないのはいいことだが。文句に塗れた独り言を吐き捨て、掲示板に貼られた回復薬納品のクエストを全て掻っ攫った。
手に持った依頼書と共に紙幣を重ね、笑顔でカウンターに立つマスターに押し付ける。
「と、ジンライム頼む」
「まあ宮瀬さん、こんなに依頼受けてくれるのに更にお酒まで注文くれるのね」
「お喋り代だからな」
住民の依頼が集まる酒場“シャンデリア”のマスター、アリスさんは美人の上に聞き上手だ。
ここに通う冒険者が落とす酒代は、この人と喋るために払うものと言っても過言ではない。
赤いカウンターチェアに腰掛け、ジンライムを待つ姿勢を装い、アリスさんの美しい横顔を隅々まで目に焼きつけた。白い肌にやや橙に近い赤の口紅、ひとつに高く結った金髪がよく似合う。
「そういえば、屑星ちゃんが弟子になって半年が過ぎるけど、あの子は無理してない?」
「あいつは液体ポーションより高度な軟膏を錬金してしまう、天才ドジっ子っぷりを絶賛発揮中だ」
“屑星”は、夏の月に道端で拾った転生者の少女である。
彼女はマナや魔素といった不可思議技術の扱いに長けていて、錬金術との相性が大変良い。
本人はまだ自覚がないが、それだけでかなりの錬金術士になる可能性を持っている。
しかし転生者であるおかげでなんとなくできている、という現状に甘えてしまっている彼女は、感覚だけで錬金をしているおかげで知識がまるでない。
やはり、転生前の記憶をなんとかして知識にする方法が屑星には必要だ。
転生前のスキルを本に書き留めるものか、記憶をまるごと具現化できる技術があれば好ましいところだが。
「あら蒼時さん、めずらしいじゃないの」
物思いの海に溺れていたところ、アリスさんの声で我に返る。
「お久しぶりです。ずっと農場レベル上げてたんですけど、そろそろ冒険者からの傭兵になろうかと思って」
隣の席に青髪の大男が座った。
和服にモッズコートの俺が言うのもなんだが、スーツに防弾チョッキという異様な出立ちの彼は恐らく俺と同じ世界観からの転生者、もしくは“存在を借りた者”である。名は蒼時と書いてそうじと読む。
「よお、進捗どうだ?」
オールバックにサングラスという強面の蒼時は、顔に似合わないぐらい朗らかにへらりと笑った。
「戦闘レベルが低すぎてまともに探索できねえ。当然遺物も拾えないから研究も捗らん」
「マジでそれな。現実逃避に農家やってたけど、農家ジョブ過密すぎて供給過多なのよ。手始めに遺跡行こうかと思うけど、どこも基本レベル高いというデフレ」
薬草食ってるだけじゃ回復追いつかんし、と蒼時は笑った顔のまま器用に悪態をついた。
回復薬が高級品であるこの世界で冒険者は、蒼時同様さぞひもじい思いをしているのだろう。
「とまあ、進捗ダメ宮瀬に吉報だ」
蒼時がいつも曲撃ちに使っている別空間から古びた本が出てきた。
それを差し出すと、自慢げに喋り続ける。
「この間再構築された、崖に半壊したタンクみたいな家が沢山くっついてる場所あるだろ? そこで拾った」
仮面のような表紙を持つ古びた本は、背が擦り切れていて本というよりほぼ紙束だった。めくると白い粉が舞ったが、中の文字はかろうじて無事そうだ。
「奇妙なエリアだったよ。家には生活していた痕跡はあるが、どれも塩みたいな結晶に侵食されていて今も生活しているとは思えない。他の冒険者に詳しく聞いたが、崖の下にあった研究施設みたいなダンジョンも無人らしい」
「下に研究施設か、穏やかじゃないエリアだな」
この世界は他の世界を吸収して育つ“図書世界”だ。先日出会った異世界の同業者ベリベルトがそう推測していた。
正規ではないルートで異世界からやってきたベリベルトは、まず自分の世界から“図書世界の核”を経由してこちらの酒場に落ちてきた。”図書世界の核”はやはり図書館みたいな空間で、そこに並んでいた酒場が表紙の本に触れたら来れたらしい。他にもハート形の小島の表紙、黄昏時の表紙の本などが点在していたそうだ。
そこから、この世界は“完結した物語”のかき集めではないだろうか、と彼は言っていた。
ベリベルトの説でいくと、蒼時が話すエリアは完結した世界だ。
塩まみれの半壊した家に地下施設、さらに無人。絶対バッドエンドの物語に違いない。
「そんな穏やかじゃないエリアでも、薬草の一種である月下草がそこら中に生えてて補給には困らないんだ。錬金術士の宮瀬には結構良いとこだぞ」
モンスターが出ない、薬草はあるし一人で行ける遺跡だ、蒼時は指を折りながらいいとこをずらずら並べる。しかし俺は彼がさりげなく放った単語に反応した。
「月下草、か?」
「そ、月下草」
「月下草、な。あいつの出身世界はどうやら月下草の花に似た何かに滅ぼされたかもしれないらしいんだ。屑星が月下草の花を見ると悪夢を思い出すと言っていた」
「んー、まあ屑星ちゃんが今楽しいなら過去はなんでもいいんじゃないかね、とか俺は思うけどね」
謎解明に近づき目を輝かせる俺と違って、蒼時はビールをジョッキで豪快に飲み干し、美味いとばかりに目を輝かせた。
世界の仕組みを解き明かしたい俺とは反対に、この世界に従順に生きていきたい彼とはあからさまに熱度が違うのは、まあ仕方のないことなのだが。
「難しいことは置いといて、渡した本のタイトル読んだか?」
俺に渡した本を指差し、擦れてほとんど読めないタイトルを人差し指でなぞった彼は、ちょっと待てよとばかりに英数字を発する。
「かろうじて読めるな、e……be、195e3828……。中央は隠れて読めず最後が980」
蒼時はポケットからメモ帳を取り出し、何かを書き殴っている。
防弾チョッキは置いておいて、スーツを着こなしメモを片手に考える仕草の彼はどこか懐かしかった。
「のこされ……た、ばしょ。あそこのエリアは“遺された場所”だ。この本がおそらく、宮瀬が言っていた世界の核に収集された物語の写し、いわばコピーデータだな。世界の核ってのがデータベース、この世界がバックアップと例えれば、まあ世界の摂理がわからなくもない」
「世界の摂理を仕事に例えるな……いや待て読めるのか!?」
「16進数ね。お前も同じ世界出身なら読めるはず」
本の中身は確かに数字の羅列であった。しかしこれを意味ある言葉として読み解くとなれば、翻訳と解釈で間違いなく膨大な時間がかかる。
「16進数なら頑張れば俺も解けるか……」
「今晩から徹夜だな宮瀬、暇な時なら手伝うよ」
蒼時が笑って俺の背を叩く。ほとんど紙束ではあるが、ビールジョッキほどの本の厚みにため息を吐くしかできなかった。
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