「ほんとにそんなに切っていいんですか? 失恋したんですか?」
男の人はなぜこうも女性の散髪事情に敏感なのだろう。
鏡越しの美容師さんは鋏を握ったまま、私の顔を心配そうに見ている。
「いいんですよ、元々切るのがめんどくさくて伸ばした程度の髪ですから」
勿体無いですねぇ、と美容師さんは言いながらも躊躇いなく切り始めた。10センチ弱の髪が軽快な音とともに、束となって景気良く床にばさばさ落ちていく。
蒼時さんも突然ショートにした私を見て心配するのだろうか。動揺する彼の姿を想像して、思わず口元が緩んでしまった。
鏡にはベリーショートウルフの私が写っている。
*
「ただい、……蛍さん髪が」
残業の蒼時さんは帰宅するなり私を目撃し、ただいまを言い切るより先に絶句した。予想通り、いや予想以上の反応である。
彼は動揺しながらも平常心を保とうとしているのか、買ってきたビールを冷蔵庫にしまい、その後何故か醤油を左手に持った。
「髪切ったんだ、どうしたの何か嫌なことあったの」
「あの髪型維持するのめんどくさいから思い切った。たった10センチ切っただけだよ」
「あー、めんどくさいなら仕方ない」
左手に持った醤油の蓋をそのまま開け、音の違和感に気づき慌てた彼は誤魔化すように後ろを向いた。ビールのつもりだったのだろうか。
「嫌だった?」
少し間を開け、今度はちゃんとビールを手にした蒼時さんに聞いた。
彼は眼鏡を右手で揃えると、私と視線をしっかり合わせてから首を振る。嫌じゃない、らしい。
「ちょっとびっくりしただけ。女の人ってほら、心境の変化があるとメイクを変えたり、趣味を変えたり、いろいろするでしょ。だからちょっとギョッとしたけど」
私の髪型を前後ろ眺めてからしみじみ缶ビールを一口飲んだ。
「かっこいいじゃん」
そして慣れない褒め言葉を吐いて照れたのか、再び後ろを向いた。
でしょ、私が得意げに笑うと、蒼時さんも小さく笑った。
髪を切る
(光宗さんじゃん)
(参考に見せたからね)
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