目覚めた朝、私以外のいきものは存在していなかった。 

昨晩、白花病への抵抗手段が最終段階に入ったはずだった。 
もう一踏ん張りだと意気込み、励まし合っていた生き残り研究員たちは、私が暮らす4畳半ほどのガラスケースの外で花の養分となっていた。花の侵入を許さないように作られていたラボラトリーであったが、旧文明の食べ残しをすすり滅びゆく人類より、新時代の生命体の方が進化は早かったようだ。 
生前よくしてくれた女性研究員が、白くて大ぶりな花を髪飾りのようにこめかみへと咲かせ佇んでいた。 
彼女の生気を失った白い肌は陶器のようで、本で見た旧文明の石像が思い起こされた。
そのゆっくり朽ちていく姿をガラスケースの内側から眺めることしかできなかった。 
 
悪夢よりも現実の方が残酷とはよく言ったものだ。 
せめて旧文明のあの石像のように、私とこの人たちが抵抗し生きた証を残したかった、と願い逃げるように眠った。 
 
 
 
「……気がついたようですね」 
 
自分によく似た声が聞こえた気がして、ゆっくりと起き上がった。しかし、まだ目が光に慣れず、戸惑い手をついてしまう。 
声の主は、慌てた声色でゆっくりでいいんですよと手を重ねてくれた。温かい手だった。 
 
「ふむ、やはり人形主体に記憶媒体、不可思議物体の組み合わせが一番成功率が高い。不可思議物体にヒヨコモドキを使おうと言われた時は正気かと思ったが」 
「結果よしですよ! とにかく、この子が私の転生前の子なんですね。髪の色も背丈もおんなじです」 
 
私と似た声と、男にしては少し高い、少年の声が何かを話している。 
 
転生前という言葉が嫌に引っ掛かり、霞がかった記憶がぽつりぽつりと鮮明になっていく。 
崩れたラボラトリーの天井から差し込む光をたっぷりと浴びる白い花畑、その中心に白い花々に見守られるように眠る私がいる場面が浮かぶ。右目に白い花が勝ち誇ったように咲いていた。 
私はあのガラスケースの外では生きれなかったはずだ。だとすると人類は私を最後に、きっと滅んだ。 
 
「似てるのは身体情報の元である髪の毛を入れたから。そもそもお前の今の姿は恩人のコピーだろ、コピーのコピーってことだな」 
 
くずぼし、と呼ばれた私の声はそうですねと照れ臭く笑った。 
 
男の声から察するに私は転生前の魂というより、先程の第三者視点の記憶を鑑みて世界の記憶から抜き取った"私という人格”を人形に定着させた説が妥当だろう。私は、私であって私ではないわけだ。 
今自分が息をしている仕組みを大体把握できたところで、ゆっくりと目を開けた。 
視力の調節がうまくいかず、あたりが鮮明になるまで数秒かかった。 
薄い群青の天蓋カーテンに光がいくつも乱反射して眩しい。よく見ると布に細かい鉱石が織り込まれていて、星屑のように虹色に輝いている。呼吸を忘れてしまうくらい綺麗なベッドだ。 
 
ややあって、起きた時から手を握ってくれていたくずぼしを見た。 
私を覗き込む瞳は深い夜空の色に似た群青。瞳孔は不思議な星の形をしていて、引き込まれそうになった。 
金色に近い髪は多少の癖があり所々奔放にはねている。光が透けて見えるところから、元の白髪を魔素か何かの力で光の屈折率を弄り金色に見せていると思われる。 
「初めまして、えっと……くずのはちゃん」 
「くずのは?」 
「そ、屑星の銀の針部分、略して“くずのは”だ」 
 
俺が考えたんだ、と得意げに腕を組む男は背が高く、高い声から少年のような風貌を想像していたのだが意外に老け顔だった。前髪がなぜかアシンメトリーに切りそろえてあり、灰色の髪は無造作に伸び襟足が長い。 
 
「私はくずぼし。こっちは師匠。えっと」 
 
くずぼしは少し言葉を濁らせた後、私の目をしっかり見据えて再び喋り出す。 
 
「私の悪夢を繰り返さないために、以前の私……いえ、くずのはちゃんが必要なんです」 
 
先程のどこか抜けた雰囲気とは打って変わり、凛々しい表情の彼女はいつかの私を彷彿とさせた。眩しく見え、つい目を細める。 
くずぼしの言っている悪夢とは、おそらく私の経験した白花病への恐れだ。彼女が言いたいのはつまり、 
 
「どんな病にも対抗できる薬、エリキシルを開発したいんだな? 私にも未練はある。協力はする」 
 
そう告げるとくずぼしが強く頷き、嬉しそうに少しだけ泣いた。 
転生前の私はそんな器用な表情、できなかった気がする。 







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