背後の古びた坑道から吹き抜ける風が私を追い抜き、足元に茂る月下草の葉をさらさらと鳴らしている。 
ここはエリア“遺された場所”。私が、生きた世界が再構築された場所だ。 
目前には真一文字に聳え立つ断崖絶壁が行手を阻んでいる。あの崖にかろうじて点在するタンクのような家は、旧文明を滅した世界災害の名残りだった。記憶と違わずそのままである。 
再構築といえども、物語そのものをもう一度再現するということではないらしい。収集された世界の物質や不可思議技術は、”世界の核”で作り得る物に大抵は置き換えられている。つまりすべてレプリカ。模造品ということだ。 
そういうわけで期待された私の知識であったが、錬金に関しては模造品で応用できない部分が多く、くずぼしが寝ながら作るポーションもどういう仕組みなのかさっぱりわからなかった。結局、2人して修行の身となったのだ。 
 
「くずのはちゃーん、みてください」 
 
遠くからくずぼしがやってきた。両腕のカゴには死ぬほど月下草が詰め込まれている。右手には大振りの月下草の白い花が握られていた。 
月下草の白い花は“白花病”の末期症状に似た花ではあるが、再構築で別世界の薬草に置き換えられたらしい。その世界では“月の涙”と呼ばれているそうだ。 
 
「百年に一度の幸せを手に入れたも同然、ですね」 
 
花を私の髪にさし、自分のリボンを指差して得意げに微笑むくずぼし。お揃いとでも言いたげである。 
ふと足元に視線を落とすと“月の涙”がもう一輪咲いていた。穏やかな風にそよいでいる。 
くずぼしが優しくなびく金髪を右耳にかけると、カゴを傍らに置きつつ花を丁寧に手折った。 
 
「1日に2輪見つかるってことは幸せも2倍ですかねえ」 
 
そういいつつ、2輪目も私の髪にさしていく。大きめのブラウスの袖で表情は伺えない。 
 
「2つも独占していいのか?」 
「いいですよ、くずのはちゃんは2人分ですから」 
 
2回うなずいたくずぼしは、満足そうに私の髪を見た。 
おそろいみたいでいいですね、自分のリボンを見せた彼女はにっこり笑うと、私に背を向けた。 
絶壁を目前にして深呼吸の素振りを見せたくずぼし。しばらくしてカゴを拾い上げると、エプロンドレスを翼のように翻し、後ろの坑道を指差した。 
 
「帰りましょう、私たちのアトリエに」 
 
月下草がさらさらとそよいだ。 
 
 
 
 
*2022.05 






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