「降られちゃったね」
「降られちゃったねぇ」

大きめの氷で冷えたコーラが飲みたいとの蒼時さんのリクエストでコンビニに向かったはいいものの、見事に帰路でザザ雨に降られてしまった。慌てて飛び込んだ屋根の下で、ひとまず滝のような雨を逃れたものの、なかなかやむ気配のない雨に少しだけ溜息をつきたくなった。
「ちょっとそこのコンビニまでって、流石にダメだったかぁ」
蒼時さんがびしょびしょなワイシャツの襟を正しながら喋る。トレードマークのサングラスも器用に片手で畳んでシャツの胸ポケットへ掛けて仕舞った。その一連の動作になぜか目を奪われる。
「遠くの方で黒い雲があるな程度だったからね、私も完全に傘はいらないかと油断してた」
ごめん、そう言いながら、気を取り直して誤魔化すように前髪を整え、とりあえず笑った。
目線をやや落とせば、蒼時さんの白いワイシャツの下に着ているシャツの青色が透けているのが目に飛び込んでくる。
わざとやっているのかと思うくらいの色気のオンパレードで、いちいちどきまぎしてしまう自分に思わず苦笑いをした。落ち着け鼓動。雨音が無駄に大きく聞こえる。
無意識に暫く蒼時さんのこめかみを眺めてしまって、気不味く思ったのか、彼は視線を外へと逃してしまった。心なしか少し照れているような横顔だ。
「やみそうにないか、どうしようか」
咄嗟に思ってもいないことが言葉に出てしまった。慌ててくしゃみのフリをし、なかったことにしようとした。ほんとはこの程度の土砂降りなら走って帰るぐらいでもなんともない。
ただ気になるのは意外に繊細な蒼時さんで、絶対に帰ってすぐ温かいシャワーを浴びさせなければ風邪を引いてしまうだろう。今週末は弟さんとツーリングからの久々のサバゲーらしいから、なんとしても健康体でお渡ししたいところだ。
「帰る? 走って」
そっぽを向いてしまった彼のシャツを握った。指を指すのは土砂降りのずっと向こうの我が家。
「このまま走って帰ろう、早くしないと氷が溶けちゃうよ。大きいゴロゴロの氷でコーラ飲むんでしょ」
蒼時さんとは30センチは余裕に身長差があるので、普通に見上げたら首が痛い。傾げるように見上げるのが癖になってしまったのだが、あざとく見えていないかいつも気になって仕方がない。多分そんなことは気にしない人なんだろうけど。
考えた仕草を見せた蒼時さんは、暫く私の眉間やや左を見据えて、
「走って帰っても結局びしょびしょだから」
いつもの説教のパターンと同じで身構えた。悪いことは言っていないつもりだが、彼の地雷はまだ把握出来ていないから余計に分からない。
「どうせなら歩いて帰ろ。10分もしないでしょ」
続いた言葉は意外にも朗らかで、拍子抜けをしてしまった。その暇に手を引かれる。
「まるで修行僧じゃん」
一歩先に出た蒼時さんに降り注ぐ雨が本当に滝のようで、思わず笑ってしまった。彼は聞こえなかったのか、目を細めてへらりとただ笑った。
いつの間にか恋人つなぎに握ってしまった手をしっかりと味わい、ザザ雨の中を2人で歩き始めた。嫉妬深くうるさい雨音もいつの間にか気にならない。
良い夢ほど早く醒めてしまうのが条理であるが、これは現実だから深く味わっていてもバチは当たらないだろうか。
蒼時さんを見上げた。何を考えているのか分からない彼だが、同じ気持ちならいいなあ、と思う。




ザザ雨。
(もうちょっとだけ帰路が伸びますように)








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