01
星降る森の向こう側には、黄昏地区と名付けられた世界の果てがある。
申し訳程度に立てられた進入禁止看板と有刺鉄線の先には、空間が切り取られたように地面が果てに陥没し、一日中黄昏時の景色が広がっているのでその名が付けられた。
様々な世界のつぎはぎで出来たレーヴ・デトワールにとって珍しい地域ではないのだが、ここへ行って帰ってきた者はいないとか、またはここから来たという者がいたり、特に不思議かつ不気味で、人も滅多に訪れない。
その不思議とも不気味とも思える紅掛空色に染まった上空には、無数の星が夢を見て目覚めるように常に瞬いている。
中でも、やる気がないような鈍い銀の輝きを見せる星が一つ。
周囲の星々は次々と流れ星になり、レーヴ・デトワール内に散っていくのに対して、この銀星は随分と長い間星のままである。
今日も変わらずに輝いているとは言えない光を放っていたのだが、黄昏地区の様子がいつもと少し違った。
星降る森の西側に発見されて以降変わらず彩っていた黄昏の空が突然、暗雲でいっぱいになったのだ。
水彩絵の具を何種類も掛け合わせて作ったような黒に飲み込まれ、瞬いていた星々は一斉に塗り潰されてしまった。
鈍く輝いていた銀星はこの異変の以降、黄昏地区の上空に姿を見せなくなってしまった。
「お腹すいた〜。ベリちゃんに言えばにんじんくれるかなぁ……。でも昨日も一昨日もおねだりした気がする」
まあ仏の顔も三度までっていうし、3度目の今日なら許してくれる気がする。
錬金術に集中しているベリトへのお使いの道中、お腹の虫を鳴かせながらも、いつも通りユノは上機嫌だった。
「それにしても今日は空が澄んでて、向こうの山の方の星まで綺麗に見えるなぁ」
遠くの山々の霞まで晴れ、どこまでも続くミッドナイトブルーの空には、珊瑚色だったり、黄金色だったり、大小様々な満天の星がいっぱいに瞬いている。頻繁に星が流れるのに気付き、今日は流星群かあと呟く。
まるで世界にひとりきりになった気分のユノは、適当に思いついた歌を口ずさみ、お使いの紙袋を抱えて浮かれながらベリトの家への道を歩いていた。ここの峠を下ればもう2階の光が森の奥から見えてくる頃だ。
その時、浮かれるユノの頭へ目掛けて何かが落ちてきた。すこーんと景気の良い音が響く。
「な、なに!? ちょっとだけ痛い!」
ユノはあわてて紙袋を右手に持ち替え、左手で何かがあたったあたりを撫でると、一応血が出てないことを確認した。
「……なにが当たったんだろ」
とりあえず何事もなく安堵したユノは、当たった物の正体を知るべく、あたりを見回す。
目線の少し先の草むらに薄く光る物体が落ちている。
「私の聖石に似てるなぁ」
もう少しで消えそうなほど弱々しく銀色に光るそれは、ユノの片手にぴったり収まるぐらいの大きさで、石とも宝石の類とも言えない、磨りガラスの塊に似た何かだった。
毬栗みたいに少しとげとげしていて、お星さまと言えばそれに近い気もする。
胸元の聖石と比べてみたが、この塊自体がうっすらと発光しているように見えて、鉱石の類とはまた違う雰囲気だ。
ユノは頭上を見回すが、拓けた大地が向こうまで続き、天井には星空が煌くばかりだった。
どこから飛んできたのか分からず、ユノは首を傾げてその塊に問いかける。
「きみはもしかして空から落ちてきたの?」
お星さまっぽいそれは、答えるように瞬いた。
しかし光は弱く、今にも消えてしまいそうである。
「ベリちゃん……! ベリちゃんなら、助ける方法を考えてくれるはず!」
お使いの紙袋を小脇に抱えたユノは、お星さまっぽいそれを両手でやさしく包み、ベリトの家へと走り出す。
ユノの首に巻かれた水色と白のマフラーがはためくのを、夜空の星々は見守るように静かに輝いている。