磨りガラスのように優しい銀色の光を放つそれはユノの手の平の中で呼吸をするように瞬いていた。 
 
(ちょっと元気ないのかな…早く帰ってベリちゃんに診てもらわなきゃ) 
 
満天の星空が見えていた峠を越えて森に入ると家の灯りが見えてきた。灯りの主は大きなガジュマルの木の麓に根にも幹にも見える部分と一体化して建っている。 
ドアの前で一度立ち止まり、ゆっくりと一歩足を進めると地面に小さな青白い魔方陣が浮かんで消える。南の地にあるベリトの別荘は厳重な結界で守られていて認証されないと入れないうえ、他人には家すら見えないようになっていた。 
 
「ただいま!」 
 
勢いよく扉を開けると、いつもは地下の自室で本を読んでいるベリトが珍しく入口のある客間で珈琲を飲んでいた。 
帰って来たユノに、一緒に飲むか?とコーヒーカップを取りに行こうと立ち上がる。 
 
「待ってベリちゃん!これを見て?」 
 
ユノがテーブルにお使いの紙袋をドサッと置くと袋が倒れて中の物がゴロゴロ転がった。 
それよりも…とユノから手渡されたそれを受けとると親指と人差し指で挟んで持ち、ライトの光に当てて角度を変えてキラキラさせる。 
 
「スターマイカ鉱石?珍しい色だね。ユノちゃんが造ったの?」 
 
「違うよ、お宙から降ってきたの。でね、お…あたしの頭に落ちてきたんだよ!」 
 
少し腫れた頭部をほらほらと一生懸命に見せてくる。小さいユノの頭部は見せてこなくてもいつも見えているのに。 
 
「この子なんだか元気がないみたいなの。ベリちゃん診てあげて?」 
 
ベリトはユノの手の平に優しく返すと、カップに珈琲を注ぎながらため息をつく。 
 
「俺は人の医者だから星は診てやれねぇよ」 
 
「星?やっぱりこれお星様なの?!」 
 
ユノは弱々しく光る星をなでなですると反応するように光った。 
 
「天から降ってきたんだろ?それにこの世界の物じゃないことはなんとなくわかる」 
 
ユノは受け取った珈琲の色が豆の色のままなのを見てミルクとお砂糖を多めに入れてほしいと注文をつけて一旦返す。 
 
「元気がないなら医者の治療よりユノちゃんの聖魔法の方が効果があるかもよ?」 
 
「なるほど!」 
 
ユノは手のひらで優しく包むと静かに詠唱を始めた… 
 
『われ聖なる尊を星として 
月の兎の加護の許 
その慈悲を此処に与えん』 
 
【アステルセラ】 
 
手のひらの内側で白く光を放ちユノの指の間から光の柱が零れた。そっと指を開くと星は輝きを取り戻したようで先程よりも強く光り輝いている。 
 
「教えた詠唱とちょーっと違ったけどうまくいって良かった良かった」 
 
ベリトは苦笑しつつ珈琲を啜った。 
 
 
ユノは元気になった銀の星を一旦テーブルに置くと、ベリトと斜め隣の席に座りミルクと混ざって優しい白濁した色になった珈琲を美味しそうに飲んだ。ブルーのカップにはニンジンを抱えたウサギの絵が描いてある。 
異国の地で手に入れた珈琲という飲み物をベリトは気に入っていて、これを飲むと研究が捗るらしい。 
 
星は何かを訴えるようにいろいろな光り方をしている。 
 
「どうしたの星ちゃん?」 
 
「家に帰りたいんじゃないか?」 
 
星はそうですと言わんばかりに強く光った。 
 
「そうだよね、宇宙から来たんだもんね。どうやったら帰れるんだろう…」 
 
ベリトは宙を見つめて少し考え事をすると右手に持っていたカップをテーブルに置き、左腕の肘をついて少し前のめりになる。 
 
「俺にアイデアがある。それ飲んだらさっそくやってみるか 」 
 
 
 
外に出て星が見える峠まで歩いた。 
ベリトの歩幅はユノの倍ぐらいあるのでユノに合わせてゆっくりめに歩く。 
 
「今日は流星群だったか」 
 
ベリトが木々の間から見える夜空を見上げながら歩くと、ユノも見上げて星が綺麗だよねぇとうんうん頷く。ベリトの胸ほどしか身長のないユノが上を向くとラピスラズリのような深い青色の瞳と目が合い、星明かりでキラキラしていた。 
 
「ユノのお目めにもお星様いっぱいだな」 
 
ユノはふふんと鼻を鳴らすと異国で聞いたキラキラ星という歌を歌い始める。吟遊詩人をしていたというわりにはいつも適当に歌うものだからいまいちどんな曲だかわからない。 

 
少し開けた所まで出ると満天の星空で天が落ちてくるのではないかと錯覚を覚える。 
 
「この辺りで星ちゃん降ってきたんだよ」 
 
星は優しく呼吸するように光り、天に輝く星とリズムを合わせて光っているように見えた。 
 
「今夜のうちに帰してやらないと流星群に乗り遅れちまうな」 
 
ベリトは腰に据えた金剛石を手に取るとゆっくりと術式を唱えながら金の糸を紡ぐように形を変えてゆく…糸は方舟のような形になると弓となった。 
 
「宇宙へ返してやんな」 
 
ユノに弓を託すと、なるほど〜と弓を受けとる。 
 
弓を小脇に抱えるとポケットから聖石を取り出し矢に変えた。遠くへ飛ばせるように願いを込める。 
もうひとつのポケットからブルーのリボンを取り出すと、星と矢をリボンで結びつけた。 
 
「これはね、あたしがまだウサギだった頃に髪を結うのに使ってたリボンなんだよ。星ちゃんにあげるね」 
 
苦戦しつつもなんとか星と矢を結びつけると、「よし」と弓矢を構える。矢の先端が星明かりでキラっと光った。星はブルーのリボンでしっかりと固定されている。 
 
(銀の星ちゃん、私の名前はユノ。この世界にいるからまたいつか会いに来てね?) 
 
ユノは口には出さず心の中で星に語りかけると「またね」と言って夜空へ向けておもいきり矢を射った。 



02 END