レーヴ・デトワール唯一の繁華街であるモノフォビアから星降る森へ続く、通行量が無に近くほとんど獣道になっている赤煉瓦の道に、一人の男がとぼとぼ歩いていた。 
小豆色の着物に黒い袴、ぶかぶかのモッズコートを羽織り、さらにギターを背負っている和洋折衷とも言い難い格好をしたその男は、この世界でただ1人の錬金術士だ。 
無造作に伸ばされた灰色の髪、適当に切られた左右非対称の前髪がトレードマークで、モノフォビアでは知る人ぞ知る変わり者。本人は宮瀬と名乗っているが、本名かは不明である。 
 
そんな宮瀬がとぼとぼ歩いている理由といえば、つい30分前のこと。 
モノフォビアの酒場の美人マスターに告白したところ、いつもはやんわりとお断りされていたのだが、今回ばかりはなぜかぴしゃりと振られてしまったのだ。「私と一緒になるより、あなたには他にやるべきことがある」という感じに。 
宮瀬は至極本気で、月下草の珍しい白い花束まで用意したというのに、マスターはそれも受け取らずに追い返したのだった。 
 
とぼとぼと帰路に着く宮瀬の手には、月下草の花束が持ち主の状況もつゆ知らずに凛と咲き誇っている。 
俯いていても仕方ないと思ったのか、夜空を見上げると励ますような流星群だった。 
星降る森の向こう、世界の果てである黄昏地区の空からレーヴ・デトワール中に散るような星々を数秒立ち止まって眺めた宮瀬は、思わず感嘆の息を漏らす。 
夕闇に染められた空と流れ星、それを見上げる失恋した俺。1曲作れそうな勢いだ。 
 
「アトリエに帰ったら早速作曲作業に取り掛かるとしよう。可哀想な俺が可哀想でなくなる前に」 
 
そうしっかりとした表情で頷き、歩くペースを早めた直後。背後からがさりと物音がした。 
魔物や熊かと思った宮瀬は、とっさに振り向きながら腰に付けているエーテル爆弾に手を伸ばし身構えた、のだが。 
振り返った先には、明け方の星のような金髪と夜中の空に似た深い碧眼の少女が立っていた。くすんだ桜色のワンピースに白いエプロンドレスを着ている。 
胸の前で祈るように組まれた手には、青いリボンと銀色に輝く不思議な石が握られていた。  
 
「あの」 
 
少女は小さく喋るとやや首を傾げ、上目遣いで宮瀬を伺った。手の中の石が流星群の儚く眩い光を反射して煌めいている。 
 
「あの、ここはどこでしょうか」 
 
レーヴ・デトワール内の誰もが知っているモノフォビアの明かりを見ながら戸惑う少女を見て、この子は確実に記憶喪失だと宮瀬は悟った。 
言葉に迷って視線を落とした宮瀬は、手元の月下草がうっすらと輝いているのに気付いて息を飲む。  
月下草は元々この世界の植物ではない。他所の世界から流れ着き、ここの世界でも夜がこない遺跡エリアにしか根を張らない謎が多い草だ。咲く花の色は様々であるが白色は特に珍しく、手に入れると幸せになれるとの話まである。 
その白い月下草の花が持つ仄かな魔素が反応しているのである。 
酒場のマスターの言葉『あなたには他にやるべきことがある』を思い出す。  
言葉では表せない運命めいたこの邂逅に宮瀬は決意をした。 
 
「うちのアトリエがすぐそこだから、とりあえず一緒にお茶でもどうだ?」 
 
降り頻る流星群の夜、出会った記憶喪失の不思議な少女に運命を感じたこの男は、振られた日にナンパをした。 
しかしこの不思議な出会いがきっかけで、レーヴ・デトワールの歴史が大きく動くとはまだ2人とも知らない。 
 
 
Fin*