11.訪れた変化と恐怖
気づけば、あの激闘の日から五年が経っていた。
セレナの日常は相変わらず、修行に励むピッコロの一歩後ろについて歩くことで、まるで五年前のあの日々とほとんど変わらない。
ただ、変わらないものもあれば、五年前と変わったこともある。
まず、ピッコロの態度に僅かながらも変化があった。
あの日、武道会場のあるパパイヤ島からピッコロに抱えられて移動し続け、やっと止まったときにはすでにあたりには夜の帳が下りていた。
とんでもない力でピッコロに掴まれた腕はくっきりと四本の指の痕が残って赤黒くなっていたし、セレナ自身もピッコロとは比べ物にならないだろうが疲れて食料を調達する気力もなかったので、火を熾し、水で濡らした布を腫れた腕に当てて冷やすだけで精一杯だった。
ふと、気づけばピッコロの視線は自身の腕に向かっていて、悪かったな、と呟くように言われたときは驚きのあまりすぐに反応を返せなかったのを覚えている。
(ピッコロさんが謝るなんて、初めて聞いたな)
いいえ、気にしていないので大丈夫です、と慌てて答えながらそう思ったものだ。
悟空との死闘を経て、何か思うことがあったのだろうか、とセレナは考える。
どちらにせよ、世界征服に邪魔な悟空を倒すため、力をつけることだけに執着していたピッコロの姿を見てきたセレナにとって、この変化は好ましいものだった。
とはいえ、世界征服自体はあきらめていないようなので、今でもこうして修行をするピッコロの後に続く生活は変わっていないのだが。
ザッという土を踏む音がして、セレナのいた場所に影が落ちた。顔を上げれば、いつもどおり道着にマントとターバン姿のピッコロが立っているのが目に入った。
「……おはようございます、ピッコロさん」
挨拶をしたらふん、と鼻を鳴らす。もうこのやり取りにも慣れたものだ。
「いつまでぼうっとしている」
早く支度しろ、と続いた言葉にはい、と返事をするとセレナは水場に向かって走り出した。
ひゅうう、と風が吹き抜ける音が耳元で響き、セレナの三歩先を歩くピッコロのマントがひらひらと風になびく。
どうやら今日はここで修行するらしい、と岩場に立って腕を組み、景色を見つめるピッコロに目をやる。さあ自分もピッコロの邪魔にならない場所へ行こう、とセレナが岩場から降りようと足を向けたとき。
ばっとピッコロが振り向いた。その視線はセレナではなく、上空に向けられている。
「な、何だ、このパワーは……」
ただならぬ様子のピッコロにセレナも眉をひそめ、ピッコロの見つめる先に目を向ける。
「まっまさか、孫悟空か!?」
というピッコロの言葉にぴく、と肩を揺らすセレナ。だが、見つめる先に表れたものを目にして「ちがう!」と認識を改めた。
猛スピードで飛んできたそれが、ゆっくりとピッコロとセレナの前に降り立った。見慣れない鎧のようなものを身に着けた長髪の男だ。
(何、この人……)
カタカタと小刻みに体が震え、腰が抜けて座り込みそうになる。男の発する異様な威圧感でびりびりと肌が痺れるようだった。
(こわい)
ただそれだけが頭の中に浮かぶ。
「何者だ、貴様。このオレ様に用でもあるのか」
同じようなものをピッコロも感じ取ったのか、男に何者だと問う声はいつもより鋭い。
「お前などに用はない」
こともなげに答える男。
じゃあ何しにここへ来た、死にたいのかと凄むピッコロを目にしても、男はえらく威勢がいいなと涼しげな顔で薄く笑うのみ。
その余裕がやけに不気味に感じる。
男が左目に装着したモノクルに似た機械を操作するピッピッという電子音が耳に入った。
「ほう……戦闘力320。こんな奴もいたのか。傍らの女は……たったの13か。地球人にしては高いな。まあ、どちらも所詮俺の敵ではない」
なんだと、とピッコロの額に青筋が浮き上がる。
誰に向かって喋っているのかわかっているのか、という怒気をはらんだピッコロの言葉にも男は余裕綽々といった態度を崩さない。
数秒のち、翳されたピッコロの手から閃光が男に向かって飛んだ。轟音と地を揺らす衝撃に腕を交差させてぎゅっと目を瞑る。
もうもうと舞い上がる土煙が晴れ、下らん技だなぁと吐き捨てながら平然と立っている男の姿が視界に写った。
「ただ埃を巻き上げるだけか」
「うそ、」
傷ひとつない様子に思わずそんな言葉が口をついで出た。ピッコロの目が驚愕に見開かれる。
今度は俺の番か、と酷薄な笑みを浮かべた男の手が動く。
ピッコロとセレナ、二人して恐怖で動くこともできず、もうダメだ、と思ったそのとき。
ピピピ、と男の顔についている機械が短く連続的な電子音を発した。
笑みを消した男がばっと垂直に飛び上がる。少しの間、上空にとどまっていたが、そのまま別のところへ飛び去っていった。
張り詰めていた糸が切れたように、セレナの体から力が抜けてぺたりと座り込む。正面から対峙していたピッコロも地面に膝をつき、額に汗をにじませている。
「ば、莫迦な……。こ、このオレが、震えて動けなかった……っ」
ぎりっと歯を食いしばり、ピッコロが立ち上がる。少し遅れて、未だがくがくと震える膝に無理に力を入れてセレナも立ち上がった。汗でじっとりと湿った手のひらが気持ち悪い。
「オレはヤツのあとを追う。おそらくヤツは孫悟空を探している。この星で一番のパワーと言っていたからな……アレは桁違いのパワーを持っている。ヤツを倒すには孫悟空と手を組むしかあるまい」
苦々しく言うピッコロ。そのあとに、きさまはここにいろ、と続くような気がして、考えるよりも先にセレナは口を開いていた。
「私も、ついていきます」
じっとセレナを見据えるピッコロ。
「……今回はオレはきさまを運ばんぞ」
「かまいません。自分で飛んでついていきます」
そう言ってセレナはふわりと浮いて見せた。
この五年間、セレナはただただピッコロの後に続いていたわけではない。ピッコロがいない間に地道に努力を重ね、舞空術だけは一人前になるように練習したのだ。おそらく、持続時間や速さもピッコロに多少劣るがおいていかれるレベルではないとセレナは思っている。
「スキにしろ」
そう言い捨てるや否やピッコロもふわりと浮き上がった。そのまま、男が去った方向へ飛ぶピッコロに続いて、セレナも進み始めた。
セレナさんの戦闘力が一般人の二倍以上あるのは既に気を操って舞空術ができることを考慮した結果です。スカウターというのは本来気を測定する機器なので戦う力自体はなくても気があればそれなりの数値が出るのでは、という考え方からです