14.孫悟空の死
(ピッコロさん、大丈夫かな)
すべらかに流れていく窓の外の景色を見ながらそんなことを考える。あの恐ろしいまでの強さを持った悟空の兄の顔が脳裏に蘇り、思わずぶるりと震えそうになった。
ふと、ブルマが口を開いた。
「ねえセレナ、あんたあれからもずっとピッコロと一緒に行動してんの?」
「あ、はい……武道会前も含めるともうかれこれ八年近くになります」
「は、八年!?」
思いがけず口を挟んだのはクリリンだった。
視線を向けるとあ、いや、その……としどろもどろな反応が返ってくる。
「クリリンさんですよね。五年前の見事な試合、きちんと覚えています」
そういって微笑んだら自棄になったのか、結局ピッコロのやつに負けちまったけどな、と笑って返してきた。その笑みもすぐに消え、じっと窓の外を見つめるクリリン。
「悟空さんのことが心配ですか?」
思い切ってそう聞いてみると、困ったような笑みを浮かべてああ、と頷いた。
「あのラディッツってやつ、悟空の兄貴だっていってたけど悟空とは似ても似つかないし、オレには実の兄弟かどうかなんて関係なく手を下すようなやつに見えるんだ」
誰にともなく言ったクリリンの呟きにセレナも頷く。
あれはひとたび邪魔になると思ったら親兄弟ですら躊躇なくその手にかけるだろう。あの鋭い目に浮かんだ酷薄な笑みがそう物語っていた。
「なんだか妙な胸騒ぎがする……」
悪いことが起きなければいいのだけど、と言うブルマに亀仙人がピッコロと手を組んだんだからそう簡単にやられはしない、と安心させるように返した。
「だからかえって心配なんですよ! セレナさんには悪いけど、ピッコロのやつ、悟空を裏切ってあのラディッツとかいうやつと手を結んだりして……!」
そこまで言ったクリリンだが、ブルマの咎めるような視線に口をつぐみ、顔をうつむかせた。
「それに関しては心配ないと思います。ピッコロさんは、良くも悪くも世界征服に執着していますから……現時点でピッコロさんよりも圧倒的な強さを持つ悟空さんの兄につけば世界征服が叶わなくなるのは確実ですし」
ほっとクリリンたちの表情が和らいだ。
「ただ、一番心配なのは二人がかりでも倒せなかった場合です」
セレナが続けた言葉に亀仙人がううむ、と唸った。
「セレナの言う通りじゃ。あの二人がやられたのならば、もはやどうすることもできない」
全て終わりじゃ、という響きに、再びフライヤー内の空気が重苦しいものに戻った。
そして、数十分かけて、ようやく目的地に到達した。これでもかというほど窓に顔を近づけて地上の様子を探るセレナ。
ちらり、と視界の端に何かが写った。さらに身を乗り出さんばかりにしていたら機体が下降しはじめた。目を凝らすと倒れているものが大多数、立っているのは……ピッコロのみ。
ピッコロが無事だったことに安堵しながらも、バクバクと嫌に主張する己の心臓にセレナはじっとりとした汗がにじむのを感じた。
そうして、フライヤーが着陸していの一番にセレナは飛び出し……目に入った光景に絶句した。
草の匂いに混じる、噎せ返るような血の匂い。生々しくグロテスクな、血だらけの死体。
人の体に穴が開いた光景を目にするのなんて、五年前のあれが最後だと思ったのに。
悟空の兄は既にもう絶命しているようだった。立ち尽くすピッコロに慌てて駆け寄り……左腕が二の腕から先がなくなっていることにセレナは気づいた。
(本当に、ぎりぎりの戦いだったんだ)
「……きさまが気にせんでも腕の一本ぐらいすぐに再生できる」
いつものようにぶっきらぼうな口調で言われたピッコロの言葉にセレナはなんとか、はい、という返事を喉から搾り出した。
そして、遅れて到着したブルマたちにピッコロがひととおりの事情を説明した。戦いの経緯、一年後さらに強いサイヤ人が二人もやってくること、など。
低い声で語られるそれは淡々としていて、まるで現実味がない。
ラディッツでさえ、あんなに強くて怖い存在だったのに、それよりも強いサイヤ人なんて、とどこかぼんやりとした頭がそんなことを考える。
ブルマが悟飯の状態を確認し、クリリンたちに無事を告げる声ではっと意識が引き戻された。悟空、悟空というクリリンの呼びかけに、虚ろだった悟空の目がわずかに反応を示した。
チチにどやされなくて済む、と力ない笑みが悟空の顔に浮かんだ。
「死ぬ、っていうのは……けっこう……イヤなもんだな……、」
「あ、ああ……何言ってんだ悟空っ! しっかりしろよ、おまえらしくないぞ!」
茶化す悟空にクリリンが鋭い声を飛ばす。
「あ、安心しろ、すっすぐに生き返らせてやるから……、」
今度ばかりはダメだ、と笑う悟空にクリリンが懸命に言葉をかけ続ける。頼む、とだけ言い残し、くたりと悟空の全身から力が抜けた。苦しげだった顔が、安らかなものに変わる。
はっとクリリン、亀仙人、ブルマが息を呑み……一瞬後に、悟空を呼ぶクリリンの悲痛な声が響き渡った。
涙こそ流さなかったが、セレナも孫悟空という人間の死をはっきりと目にして、ぽっかりと胸の内に穴が開いたような感覚を覚えた。