16.決意と修行の始まり
場所は移り変わり、西エリアの端の、海と険しい山に囲まれた砂漠……のなかのオアシスのようなところ。
ところどころに岩が突き出し、まばらに木が生えた荒野には、ピッコロとセレナ、そして悟飯の三人のほか、誰もいない。
(亀仙人さんたちには悪いようにはしないと思うって言ったけど……)
起こすために池の中に放り込んだり、泣き止ませるために首の骨をへし折るぞ、なんて言ってみたり。初っ端から荒すぎる扱いの数々に不安が募る。
泣き止ませたり、事情を説明したりするのはセレナにもできたのだが、ピッコロに手を出すなといわれた手前、下手に動くことができず、見守るだけに徹していた。
父の死、ドラゴンボール、一年後に襲来するサイヤ人、これからやらねばならないこと。
淡々と説明をしていくピッコロ。
──お前の力が必要だ。修行で戦術を身に着け、この地球を守れ!
そこまでピッコロは言い切った。
「ボ、ボクが……? そ、そんな、ボクたたかえないよ……!」
「どうやら、お前は自分でも気づいていないようだな。お前の秘めたる力は相当なものだ。だから修行でそのパワーを引き出し、有効に使えるようにしてやる」
ボクそんな力ない、と泣き声交じりでいう悟飯に、証拠が見たいかと問うたピッコロの顔に笑みが浮かぶ。いたい、やめてと喚く悟飯の声などお構いなしに、悟飯の頭を掴んだピッコロが近くの岩に向かって投げつけた。
「ちょ、ピッコロさん……!!」
静観を貫いていたセレナもさすがにこの乱暴なやりかたに声を上げた。
このままでは岩に叩きつけられてしまう。あわててセレナが舞空術で浮かび上がりかけたその瞬間。
目を焼くような白い閃光が、悟飯から放たれた。爆風が吹き荒れ、岩やその向こうにあったものまでもが粉々に消し飛ぶ。
「嘘……!!」
あまりの破壊力にピッコロも目を見開き呆然としている。
(潜在パワーとピッコロさんは言ったけれど、これは……)
ああ、さすが、あの悟空の子供だと今になって実感した。
えぐれた地面の前にぺたりと座り込んだ悟飯。
「こ、これボクがやったの……?」
「そうだ。なんとなくわかってきたようだな」
力はあるがそれは相当に感情が高ぶったときだけ。それでは勝てない。ピッコロ自ら戦い方を教えて最強の戦士にする、というピッコロに、それでも悟飯は武道家なんかになりたくない、とはっきり言った。
えらい学者さんになりたいという悟飯の言葉になるがいいさと返すピッコロ。ただし一年後にやってくるサイヤ人を倒してからだな、付け加えることも忘れない。
(学者自体は否定しないんだ)
こわいと呟いた悟飯に今度こそピッコロが怒声を上げた。
優しさの欠片もない態度で怒鳴られたにもかかわらず、ピッコロ本人を前にしてどうせならお父さんに教えてもらいたいと溢す悟飯は勇気があるのかないのか。
人に対する厳しさのない悟空は師匠には向かないと吐き捨てたピッコロもピッコロだが。
今頃、悟空はあの世でくしゃみでもしているのだろうか、なんて考えがぼんやりとセレナの頭に浮かんだ。
「恨むのなら、自分の運命を恨むんだな。……このオレのように。セレナ、行くぞ」
声をかけられて、はっと意識を戻す。
助けを求めるかのように自分に注がれる悟飯の視線に罪悪感を覚えながらも、飛び立つピッコロの後に続いた。
ある程度の時間を飛び続け、完全に悟飯の泣き声が聞こえなくなった頃、下降を始めたピッコロについて適当な岩場に降り立った。
「あの、ピッコロさん」
険しい顔をして地平線を見つめるピッコロに、セレナはおずおずと声をかけた。
「何だ」
「私にも、修行をつけてください」
遠くに向いていたピッコロの視線がじろりとセレナの上に注がれる。
「……きさまは舞空術が使える程度には気の扱いに長けているようだが、戦う術を持たないただの一般人だ。このオレが修行をつけたとしても使い物になるとは思えん」
ぴしゃりと告げられた拒否の言葉に、それでもセレナは食い下がった。
「それでも、修行をつけていただきたいです。一年後にもっと強いサイヤ人がくるなら、なおさら」
力を持たない一般人だからといって、このまま見ているだけなのはもう嫌だった。
ピッコロが自分を置いて悟空と一緒に飛び立っていったあの時。もちろん、あの時だけではない。天下一武道会でピッコロがボロボロになったときも、悟空の兄との戦いで片腕を失ったピッコロの姿を見たときも。
痛いほど感じた無力感とやるせなさ、身を削るような絶望は、もう味わいたくない。
「昔、私をさらったとき、ピッコロさんは『世界を征服するのをそばで見ていろ』と言いましたよね」
「……」
ピッコロはじっとセレナを見つめたまま何も言わない。
「……私にも、そのお手伝いをさせてください。もう何もできない役立たずは嫌です。たとえピッコロさんの言うように戦力としては使い物にならなくとも、肉壁ぐらいにはなるでしょう」
むしろ肉壁ごときでピッコロの役に立てるのなら本望だ、と狂気じみた思いが頭の片隅をよぎった。
こちらを見つめるピッコロの顔は複雑な表情が入り混じり、何を考えているのか読み取れない。
そうして長いこと思索をめぐらせたのち。
「……いいだろう」
唸るように告げられた言葉にセレナはぱっと顔を輝かせた。
「ただし、このオレが修行をつけるからには肉壁などという情けないレベルにはせんぞ。一流の戦士としてしごきあげてやる」
ピッコロの口許が獰猛な笑みに釣り上がる。
「よろしくお願いします、お師匠様」
そう言ってセレナが頭を下げると、返事の変わりに伸ばされたピッコロの指がピッと音を立てて光った。
至って普通のシャツとズボンという格好だったはずが、気づけば青紫色の道着に変わっている。ピッコロのものとデザインは似ていたが、黒いアンダーシャツがあって上下に分かれているところはピッコロなりの配慮だろう。
「きさまは気の扱いに長けている。やろうと思えば気弾だって打てるだろう。だが、動きに無駄が多い上に体力がない」
自覚のあったセレナはこくり、と頷いた。
「まずは孫悟空の息子と同じ、一人でここを生き延びろ。ここの獣は身のこなしが早く、長距離を走るやつが多い。きさまの欠点を直すにもちょうどいいだろう。」
四ヶ月を過ぎたら様子を見に来る、と言うピッコロの言葉に、セレナはわかりました、と頷いた。風を巻き上げ、また別のところへ飛び去っていくピッコロの姿を見送ると、ぐっと拳を握って気を引き締める。
目の前に広がるのはところどころ岩肌がむき出した大地と申し訳程度に生えた樹木。今まではなにかとピッコロに手助けしてもらっていたが、今日からはそうもいかない。
まずは寝るところを確保するべく、セレナは歩き出した。