2.誘拐されました?

 さらに深い森の中へと足を運んでいく間も、セレナの脳裏にはあの緑色の肌をした少年の姿がずっとちらついていた。
 別にさきほどの態度に腹を立てているわけではないのだが、なぜか脳裏から離れてくれないのだ。あの、子供特有の丸みを帯びた顔いっぱいに敵意を浮かべていた緑の肌の少年。

(……まあ、もう会うことはないだろうし)

 そう結論を出すと、いつの間にか止まっていた足を動かし、セレナは森の奥へと足を踏み入れていった。
 そうして、歩き続けること数時間。考え事をしながら歩き回っていたせいか、気づけばもう日が暮れる寸前だった。さすがにもうそろそろ家に帰らなければ怒られてしまう。家に帰った後のことを思うと、セレナの足取りは自然と重くなるが、それでも帰らないわけにはいかない。
 元来た道を引き返し、ずいぶんと暗くなった森の中を歩み進める。

 そして、ついに森の出口付近まで来たとき。ドズゥゥン…と木が倒れる重々しい音があたりに響いた。そっと木々の隙間から音のしたほうを伺って見ると、先ほどの少年が目にも留まらぬ速さで突きや蹴りを繰り出している。
 いったい何をしたらこうなるのだろうかと思うほど、辺り一帯は木々が半ばからへし折れ、草地はえぐれ、散々なことになっていたが、それよりもセレナは、その少年の動きに目を奪われた。
 自分よりも小さなその身体から繰り出される、鋭くも美しい突きや蹴り。そして体勢を整え、もう一度繰り返されるその動きはセレナの目を吸い寄せてやまない。

 さすがにじっと見つめすぎたのか、ふいに少年がセレナのほうを振り返った。

「失せろと言ったはずだ。なぜまた戻ってきた」
「……そうは言ってもこっちが私の帰る方向ですし」

 少年の動きが止まってしまったことに、少しだけ残念な気持ちになったが、苦笑を浮かべつつ木々の隙間から抜け出すと、今度は少年のほうがセレナの傍によってきた。じっとこちらを見つめる少年を、何を言うわけでもなく見つめ返す。

 少年の瞳は、ぱっと見た限りではただの黒だったのだが、こうして近くでじっとみつめると、光を反射して鮮やかな赤色に輝いているのが見えた。光の加減で黒に見えるだけで、きっと、本来は美しい深紅なのだろう。
 幼い身体や顔つきとは裏腹に、その眼光は鋭く、瞳には幼い粗暴さと老成された知性、理性が見え隠れし、それがなんだかちぐはぐな印象を与える。

(そういえば、なんで私、この子と見つめ合ってるんだっけ)

 なんだか既視感を感じる状況だな、などと能天気に考えていると。
 がし、と腕をつかまれた。

「気が変わった。貴様はこのオレさまについてこい」

 一瞬、少年の言ったことが理解できずに首をかしげるセレナ。

「えー……でも私、もうそろそろ帰らなきゃいけないんですけど。家で待ってる人に迷惑かけちゃいますし」

 気を取り直して説得しようと試みるが、少年から返ってきたのは

「そんなのオレの知ったことか」

 という返事だけだった。ならば、と小さくため息をつくとセレナはやんわりとつかまれた腕を振り払おうとしたが、おもいのほか、自分の腕をつかむ少年の力が強く、結局つかまれた腕をはずすことはかなわなかった。こうなればしかたない。

「私なんかを連れて行ってどうするつもりです?何の役にも立たないと思いますけれど」
「貴様はただこのオレと一緒にいればいい」

 なんだか口説き文句みたいだな、と一瞬考えてしまい、自分で考えたことなのにおかしくなって苦笑が洩れた。その間にも少年はセレナの腕をつかんだまま、ぐいぐいと森の奥へ引っ張っていこうとしている。一応抵抗してはいるのだが、いかんせん少年の力が強く、ほとんど意味を成していない。

(……うーん、これは逃げられない、っぽい)

 しっかりと握られた自分の腕に目をやり、困ったようにため息をつく。家で待っている人たちや、自分のこの先の境遇のことが頭をよぎったが、ひとつ頭を振って考えるのをやめた。

 かなり強引な方法だし、お世辞にも丁寧な態度とはいえないが、もしかしたらこれはあの家を出るチャンスかもしれないのだ。ここで彼の手を拒絶して家に帰ってしまえば、次に家を出るチャンスは来ないかもしれない。

 ……実のところ、単純にこの手を引く少年についていきたくなっただけなのだが、そんな言い訳を頭の中で誰にともなくすると、セレナは抵抗をやめて、少年と一緒に歩き出した。



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