17.月夜の怪物

 夜。無事に寝床を見つけたセレナは、うとうとと心地よいまどろみに身を任せていた。体だけでなく、精神的な疲労も手伝って、全身くたくただった。今日は朝からずっと緊張が続いていたのだ。
 サイヤ人の襲来に、悟空の死、悟飯の秘めたる潜在パワー、そして自身の修行。

 とんでもなく濃い一日だった。それこそ、サイヤ人の襲来なんて実は夢だったのかと思ってしまうぐらい。だが、こうして傍らにピッコロがいないことが、夢ではないのだと実感させてくる。

 それにしても、と寝返りを打った。

(いくらサイヤ人がとんでもない脅威だからって……ピッコロさんが悟飯くんを鍛えるなんて)

 少なくとも、数年前は有り得なかったはずだ。ピッコロにとって宿敵とも言える、孫悟空の息子に修行をつけるなど、以前のピッコロなら絶対にしないはずだ。
 これも五年の間に起きた変化なのか。それとも──

 そこまで想像しかけたセレナはぶるりと体を震わせた。

(考えちゃダメ……! それが現実にならないように、私は私にできることをするんだ……)

 ふと、悟飯のことが頭に浮かんだ。
 いくら秘めたるパワーを持っていても、まだ四歳。悪く言えばピッコロの言うとおり、甘ったれたお坊ちゃんだ。心配にならないわけがない。

「あの子、どうしてるかな」

 そう、ぽつりと呟いたそのとき。

 どしん、と地面が揺れた。
 明らかに地震ではない、不穏な地響き。どこか遠くのほうから、何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。あわてて舞空術で浮き上がり、周囲を見回す。
 次の瞬間、セレナのいた場所すれすれを閃光が掠めた。
 ズドォオオン、と閃光の直線上にあった岩山が崩壊していく。昼間目にした悟飯のエネルギー波と同等、もしくはそれ以上の破壊力に目を見開いたセレナは、閃光が飛んできた方向にむかって飛んでいった。

「一体、何が起きてるの……?」

 近づくと家ひとつ、否、それよりも巨大な大猿が暴れまわっているのが目に入った。あんな生き物はこの荒地にはいなかったはずだ。
 ピッコロには四ヶ月間ここで生き延びろと言われたが、明らかにこれは異常事態だ。

「グォォオオオッ!!」

 鋭い牙が生えそろった大猿の口から雄叫びが発せられる。一瞬後にまたあの閃光がセレナに向かって飛んできた。

「セレナッ!!!」

 聞きなれた声が耳元で響いたと思ったら、ぐんっと体を引っ張られる。間一髪、なんとか閃光に飲み込まれずに済んだ。
 セレナは自分を抱える腕の持ち主に向かって叫ぶ。

「ピッコロさん、アレ何なんですかっ!!?」
「あの化け物は孫悟飯だ!!」

 セレナの腕を掴んだまま、乱れ飛ぶ閃光を避けながらピッコロが叫び返す。

「あれが……っ!?」

 またひとつ、岩山が崩れ轟音を立てた。

「とんでもない破壊力だ! どうなってやがるっ! こ、これではサイヤ人が来る前に地球は壊滅だ……!」

 ちかっと視界の端で閃光ではない何かが存在を主張した。それを確かめようとセレナは爆風でほとんど閉じていた目蓋を開く。

 視界にいっぱいに映る、いっそ憎らしいほど見事な円を描く満月。

「つき、」

 月が真円を描くその時こそが、われわれサイヤ人の本領を発揮できるときではないか、という悟空の兄の声が耳の底に蘇った。

「ピッコロさん、満月……っ、月です!!」

 はっとピッコロが目を見開いた。どうやらピッコロも思い当たったようだ。

 消えろ、という怒号とともに、バチバチと火花を放つピッコロの手のひらから悟飯のものとはまた違う色のエネルギー波が放たれた。
 一瞬遅れて、月から出た凄まじいほどの光が目を焼いた。
 ぎゅっと固く目を瞑り、眩しさに耐える。

 光が止むと同時に月が消え、そして大猿がゆっくりと小さな悟飯の姿に戻っていく。そのままばたりと倒れ、裸のまま眠りこける悟飯のそばに、息を乱したピッコロが降り立った。

「ま……まさか変身するとはな……。こいつや孫悟空の強さの秘密がわかったような気がするぜ」

 悟飯でさえこの強さだ、サイヤ人たちがあの化け物に変身したらそれこそ手がつけられないだろう。

「月を破壊したのは正解だったな」
「はい。あと、確かシッポがどうの、とか言ってましたね」
「ああ……変身するには満月とシッポが必要らしいな。このままにしても問題はないが、サイヤ人にとってシッポは弱点のようだし、シッポもとってしまうか……」

 むんずとシッポをつかんだピッコロの手により、ぶつっというなんとも痛そうな音を立てて腰から離れた。

「よし。服と剣ぐらいはサービスしてやるか……」

 昼間のセレナと同じように、ピッコロはあっという間に悟飯に服を着せ、悟飯の体格にあった剣を置いていく。文字こそ違うが、父の悟空と同じ道着を纏い、眠る悟飯にセレナはそっと近づいた。

(つらいだろうけど……がんばって)

 年相当のあどけない顔で眠る悟飯を見ると、そんな幼い子を戦いに巻き込もうとしているのだという罪悪感がふつふつと沸いてくる。

 そっと頭を撫でると、セレナは悟飯から離れた。

「ピッコロさん、私、戻ります」
「……ああ」

 低く呟くように言われたピッコロの返答を聞くと、さっと元いた場所に向かって飛び立った。

 大猿になった悟飯を見て、サイヤ人の血の恐ろしさを改めて実感した。

(最悪の事態を防ぐためにも、がんばらなきゃ)

 無言で飛び続けるセレナの胸の中には、そんな確固たる思いが渦巻いていた。



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