18.生き延びた先に

 そして、瞬く間に四ヶ月が過ぎた。

 広々とした荒野の真ん中をいくつかの影が砂煙を上げながら横切っていく。

 先頭を走っているのは、以前よりも幾分か引き締まった体つきになったセレナ。でこぼことした足場の悪い地面を、そうとは微塵も感じさせない動きで軽やかに走っていく。
 そんなセレナの後ろを付かず離れずの距離で比較的小型の恐竜の群れが追っている。
よほど飢えているのか、涎を垂らしながら追ってくるその姿からは何がなんでも逃すまいという気迫が感じとれる。

 セレナ自身も空腹を感じていたが、こんな状態ではゆっくり食料調達などしていられない。

「もう、君たちもせっかちだなぁ」

 ひとつ、そう零すと走るスピードをぐんっと上げた。向かう先は、群れから少し離れてのんびりと草を食んでいる一頭の野牛。

「今日は魚にしようと思ってたんだけどな……」

 この辺の動物って肉が硬いから食べるのにも時間かかるし、と独り言を誰にともなくこぼす。

 走りながら手のひらに気を集中させ、エネルギー波で正確に牛の頭だけを消し飛ばした。
 頭をなくした野牛は、ぴくぴくと四肢を痙攣させた暫く後、ドズゥウウンというその見た目に相応しい音を立てて倒れた。

 遅れてやってきた恐竜の群れに目をやると、ため息をひとつ吐き、気を高める。

 ぴたりと怯えたように足を止めた恐竜たちの姿を確認すると、自分が食べる分だけの肉をごく細い光線で焼き切り、残ったものをぽいっと恐竜たちに向かって投げた。
 気功波さまさまである。

 荒野に放り出された当初、セレナがまず必要としたのは気弾を自在に扱う力だった。
 火を熾すにも何かを切るにも、道具なしでは効率が悪すぎる。幸い、ピッコロにはやろうと思えばすぐにできるという御墨付きをもらっていたため、最初の数日はほとんどの時間を気功波の習得に費やした。
 気功波は舞空術のときと違い、何度か失敗して怪我をしたが、数週間もすればなんとか習得することはできた。

「この四ヶ月で気の扱いがずいぶんと上達したな」

 焼いた肉をもごもごと咀嚼しているセレナの上から、懐かしく、そして聞き慣れた低い声が降ってきた。ごくりと口の中のものを嚥下して、上を見上げると、自然とセレナの顔に笑みが浮かんだ。

「久しぶりです、ピッコロさん」

 最後の一切れをさっと胃に詰め込み、ピッコロがいる位置まで舞空術で浮かび上がる。

「もう四ヶ月ですか……」
「ああ。今日からはこのオレ様直々に修行をつけてやる」

 ついてこい、と言われ飛んでいった先は、岩や木の少ない、やや拓けた場所。ひゅう、と乾いた風が四ヶ月の間に伸びた髪をさらった。

「さっそく始めるぞ。まずはどんなものになったか、みてやろう。……来い!」

 身構えたピッコロの放つ空気に一瞬だけ圧倒されたものの、ぐっと表情を引き締め、腰を落としたセレナは、数秒だけ間を置いた後、ばっと地面を蹴ってピッコロに突きを放った。

「やぁあっ!!!」

 気合の声とともに渾身の力をこめて放ったそれはぱし、といとも簡単に受け止められた。反対側の拳でもう一度突き返すも、今度はふっとピッコロの身体が掻き消え、目標を失ったセレナの身体が遊ぐ。

「あ、っ」
「ここだ!」

 隙ができてガラ空きの胴体にピッコロの鋭い蹴りが入った。
 手加減をしているはずのそれは、それでも痛みを全身に伝えてくる。
 動きを止めそうになるのを我慢し、セレナは衝撃で飛ばされた体をひねってばっと近くにあった岩を蹴り、もう一度ピッコロに飛びかかった。



 夜。焚き火を囲むピッコロは無傷なのに対して、セレナは全身ボロボロで、痣や擦り傷が至るところで存在を主張している。
 今日の修行を終え、帰る途中で見つけた薬草をそっと傷口に塗りこむと、野生の薬草独特の刺激がびりびりと痛みを訴えた。その感覚に眉をしかめながらも、セレナは血の滲んでいるところに薬を塗りこんでいく。

 すべての傷に処置をして、ふうと一息ついたところで薄い微笑が口元に浮かんだ。

「あんなふうに動けるなんて、ちょっと自分でも意外でした」

 一人で生活をしていた四ヶ月間、指摘された体力の無さや動きの無駄の多さを改善するため、できるだけ舞空術に頼らないようにしていたが、その成果はきちんと出ていたようで嬉しくなった。
 ピッコロからはふん、といつもの反応が返ってくる。

「言っておくが、明日からは今日よりも厳しくなるぞ。下らんことを言ってないで早く寝ろ」

 はい、と返事をしてセレナは傷が地面に擦れぬ体勢で横になった。
 きっかけがサイヤ人の襲来なのはなんとも言えないが、ピッコロの世界に少しだけ近づいたようで、どこかくすぐったい気持ちが胸に広がる。
 厳しい修行のあとだというのに、ふわふわとした気持ちがなんとも心地よい。

 ふいに、セレナの側頭部に鈍い痛みが走った。
 ずきずきと内側から突き上げられるような痛みにおもわず頭に手をやるセレナ。触れた先はたんこぶとはまた違って、何か小さく硬いものが隆起している。

(今日ピッコロさんと組み手をしたときは、頭には攻撃を食らわなかったし……出来物でもできたかな)

 痛みを感じたのはほんの少しの間で、今はもうなんともない。おやすみなさい、と呟くと、セレナは今度こそ目を閉じた。



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