20.夜闇の中での語らい

 そうして、ピッコロの宣言通り、食事と睡眠の時間以外は修行に充てる生活が続いたある日のこと。

「あの、セレナさん」
「ん、何ですか、悟飯くん」

 その日の修行を終え、悟飯と分担して食料を調達していたセレナは、悟飯の呼びかけに笑って答えた。

 最初はくだけた口調で話していたのだが、最後まで慣れることができず、結局いつもの敬語に戻してしまった。
 「セレナさんそっちが素なんでしょ、そっちのほうが喋りやすいならボクそれでいいよ」と悟飯に笑顔で言われたときは、たった四歳の子供に気を使われた情けなさで頭を抱えたものだ。

「セレナさんってずっとピッコロさんと一緒にいたんでしょ?」
「そうですよ。確か……もう九年近く一緒ですけど、それがどうかしましたか?」

 唐突な悟飯の問いに思わず首をかしげた。

「この前、ピッコロさんにいろいろ聞いてみたんだ、お父さんのこととか」

 そこで悟飯はいったん言葉を切り、手にしたりんごに虫が湧いているのをみると、ぽいっと背後に投げた。

「ピッコロさん、お父さんとのことをまだ勝負はついていないって言ったけど、セレナさんのことはあんまり教えてくれなかったんだ。最後に、おじいちゃんとお母さんは怖がってたけど、ボクもそんなに悪い人じゃないと思うって言ったら怒られちゃったけど」
「悟飯くんって度胸あるんですねぇ……」

 ピッコロが前の大魔王とは違う、というのにはセレナも同意見だったが、さすがに直接ピッコロにそれを言う勇気はない。

「いえ、それはそうとして、私のことは直接聞きにこればいいじゃないですか。何故わざわざピッコロさんに?」

 すると、答えづらそうに悟飯はうつむいた。

「ええと……、ボク、ピッコロさんとセレナさんの関係がよくわからなくて……女性のセレナさんに聞くのは失礼じゃないかな、って思ったから……」

(……関係。そういえば、ピッコロさんと私の関係って、なんだろう)

 ふと、思わず考え込む。
 旅のお供というには、かつてのピッコロ大魔王が連れていた部下とも違って上下関係はほとんどないに等しいし、かといって師弟関係とするにはピッコロとセレナの心の距離は遠く、近い。また、それでいてどこか甘さがあるような気もする。

 黙ってしまったことにより、やはり聞いてはいけないことだったと思ったのか、いよいよ悟飯の表情が気まずそうなものになった。

「ああ、いえ、別に怒っているわけじゃないですよ」

 慌ててそう言いながらもセレナは思考をめぐらせる。

「関係、ですか。そうですねぇ……私にも、よくわかりません」

 くすっと笑ってそう答えたセレナを、悟飯が不思議そうな顔をして見つめていた。


 日が完全に沈み、月こそ見えないが、夜特有の涼やかな乾いた風が頬をなでるようになった頃。セレナは傍らですうすうと寝息を立てる悟飯の髪をそっとなでた。
 昼間、ピッコロの厳しい修行についていく悟飯はとても四歳とは思えないほどたくましく見えるのに、こうして眠る悟飯の寝顔はとても幼く、年相当に見える。

 つきん、とまた左右のこめかみの少し上の部分が痛みを訴えた。あれからもう何度も経験しているそれに顔をしかめつつ、痛んだ部分に手をやった。
 手の中で存在を主張する硬いそれは、当初出来物かと思って放置していたが、一向に消える気配はなく、それどころかだんだんと大きく張り出してきているように感じる。
 指先に触れる感触はすでに頭皮のそれではなく、少し強めに爪で引っかいても痛みは感じない。

 はぁ、と小さくため息をついて、セレナは焚き火を挟んでたたずむピッコロに近づいた。

「……どうした」
「ピッコロさん、ちょっと大きめの鏡を出してもらえますか」
「かまわんが、何をするつもりだ」
「少し確かめたいことがあるので……」

 ぴっとピッコロの指先が光り、手の中にセレナの顔ほどの大きさの鏡が現れた。ピッコロに礼を言い、髪を掻き分けてでっぱりがあるであろう部分を鏡に映す。
 そして、目に入った光景にもう一度、セレナは大きなため息を吐いた。

 鏡に映る、小指の先ほどの尖ったそれは、半ばから捩れた形をしており、僅かな光を反射して黒々と光っている。

(これはもう……角、と認めるほかないよね……)

 反対側も確認すれば、同じものが目に入った。

「前から思っていたが、きさま人間ではないだろう」

 ピッコロのそんな声に思わず顔を上げると、目を閉じていたはずのピッコロは、驚きもせずにセレナの側頭部に視線を向けている。

「やっぱりピッコロさんもそう思いますか。私は捨て子だったので自分のルーツをよく知りません。ずっと人間だとばかり思っていましたけど……」

 かといって、動物型人種ともモンスター型人種ともちがう。
 自分が人間でない、と言い切られても特別衝撃は受けなかった。むしろ、ピッコロと旅を始める前の、あの異様な疎外感に納得がいったようで、すっきりした気分だ。

「きさまの体温は人間の一般的な範囲を大きく下回っている。それも最近からだな」

 気づいていたんですね、と思わず苦笑がセレナの顔に浮かんだ。
 ピッコロの言うとおり、彼とともに修行を始めた少しあとから、体温ががくんと落ち始めたのだ。気づいたきっかけは彼と拳を打ち付け合っていたときだった。基本的にピッコロの体温はセレナよりも低いため、突き出した拳が受け止められたときはその手がいつもよりずっと熱かったことに内心吃驚したものだ。
 当初は低体温症か、もしくはピッコロの体調不良を疑ったのだが、意識や脈はしっかりとしているし、ピッコロ本人も特にそういったことはなかったため、結局そのまま放置している状態だったのだが。

「気づいていたんですね。たぶん、私の予想ですけど、そのうち、また別の変化が出ると思います。修行に支障は出ないようにはしますけど……」

 何なんでしょうね、いまさら成長期だとは思えませんし。
 困ったようにそういって笑うセレナにフンッとピッコロが鼻を鳴らした。

「そもそも、きさまはこの数年間まったくと言っていいほど見た目が変わっていない。成長などほとんど止まっているだろう」
「ああ、それもそうでしたね」

 まるで他人事のようにセレナが笑って、でも、と言葉を続けた。

「私のことより、まずはサイヤ人を何とかするのが先です。……ピッコロさん、」

 言おうと思っていた言葉がうまく喉から出てこない。それでも、なんとか喉に力を入れて、押し出した。

「……死なないでくださいね」

 少しの間をおいて、押し出されたその一言に、ピッコロの顔に皮肉げな笑みが浮かんだ。

「ああ、オレが死んだらドラゴンボールもなくなるからな……」
「そうじゃなくて、」

 半ば食い気味で声を上げたセレナに、思わず角から視線をずらすと、目が合った。

「ドラゴンボールとか、そんなもの関係なしに、死なないでください」

 表情こそ笑っているが、セレナの目にはいつものような落ち着いた色はなく、懇願にも似たものが浮かび、ピッコロの少し驚いたような顔が映っている。

 ドラゴンボールなどよりも、ピッコロ自身に死なないでほしいと言った、セレナのまっすぐな目から、目が反らせない。

 何か言おうとしても、思ったように動かない身体はまるでピッコロのものでないようで、わけもわからず落ち着かない気分になる。

 やがて、セレナが何も答えずにいるピッコロからそっと視線を外し、眠りについても、この高揚にも似た落ち着かなさはなかなかピッコロの胸から消えてくれず、思わず舌打ちをした。

 すぐ近くで身体を丸めて眠る悟飯の額に手を触れれば、子供特有の高い体温が伝わってくる。自分に向けられる、悟空によく似た素直さをふと思い出して胸に暖かな何かが浮かぶ。
 続いてセレナ。修行で疲れて熟睡しているのだろう、髪を掻き分け、角に触れても僅かに声を洩らすだけで起きる様子はない。
 ふわふわと落ち着かない気分がさらに膨らんだ気がして、ピッコロは眉間にしわを寄せた。

 ──いっそこのまま、ここでこいつを殺してしまおうか。

 一瞬だけ頭に浮かんだその考えは、穏やかに寝息を立てるセレナの顔を目にした瞬間、瞬く間に散っていく。

「……くだらん」

 そう吐き捨てると、今度こそピッコロは背を向けて目を閉じた。



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