21.来たる襲来の時
あの夜の後、ピッコロとの修行は一時的にとんでもなく厳しいものになった。
ピッコロが繰り出す突きや蹴りからは一切の手加減が消え、またセレナも負けじと反撃をするため、傍から見れば殺し合いにも見えただろう。
だが、一度、ピッコロの度を過ぎた攻撃にセレナが重傷を負ってからは、その激しさもなりをしずめた。
なんとなく、怪我を負いにくい身体になってきたのはわかっていたが、受けたダメージはそれなりに大きなものだったらしく、完治するのに数日かかった。
足を引っ張って申し訳ないと謝りつつ、目に涙を溜めて縋り付く悟飯を宥めるのに一苦労したのも今ではいい思い出だ。まだ年端もゆかない彼にとって、見知った人間が血塗れになったのを間近で見るのはトラウマ一歩寸前だっただろう。そういう意味でも申し訳なかったと思う。
ただ、急激に上がった身体の頑健さや、髪を掻き分けずともわかるほど伸びてきた角について、悟飯が踏み込んだ質問をしてこなかったのには、セレナもうまく説明できる気がしなかったため、心底ほっとした。
そうして、今日も修行を始めようと道着の帯を締めなおした時だった。
突如雲ひとつなかった空を真っ黒な雲が覆っていき、ごろごろと雷が重苦しい音を響かせた。
「昼間なのに、急に暗くなっちゃった……」
突然のことにセレナと悟飯は空を見上げて困惑の表情を浮かべたが、ピッコロはこの現象を知っていたようで、ぽつりと口を開いた。
「ドラゴンボールか」
ドラゴンボール、という単語に悟飯がはっと顔を上げた。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、孫悟空のやつが生き返る」
悟飯の顔がみるみる明るくなるのとは対照的に、ピッコロの顔つきは険しい。
「……ピッコロさん、もしかして」
バクバクと自分の心臓が嫌な音を立て始めるのを感じながら、ピッコロを見上げると、そうだというように頷かれた。
「やつが生き返るということは……思っていたよりもサイヤ人は早く来る」
ひゅ、と喉の辺りが音を立てたような気がした。さあっと音を立てて血の気が引いていく。
「悟飯にはまだ言うな。正確な日時はオレにもわからん」
ふと悟飯に目をやると、悟空が生き返ると聞いて喜びをかみ締めている最中で、セレナとピッコロの様子には気づいていない。
「いつ来てもいいように、体力を回復させておけ」
落ち着き払ったピッコロの低い声に、うるさく音を立てていた心臓がゆっくりと元の速さに戻っていく。
ひとつ、深呼吸すると、セレナは「わかりました」と返事をした。
そうして、翌日の昼頃。
ぞわり、と嫌な感覚に肌があわ立った。この星のどこにいてもわかるであろう、凄まじい存在感を放つ気にじっとりと嫌な汗が背を伝う。
穏やかに晴れ渡る空とは反対に、澄んだ空気はびりびりと異様な気配をまっすぐに伝え、危険を察した動物たちはいち早くセレナたちがいるこの地を離れようと移動を始めている。
「とうとう来たか、サイヤ人……」
「ものすごい気だね、ピッコロさん」
「これがサイヤ人……すごい速さで動き出しました」
空を睨みつけるピッコロの額にも汗が滲んでいる。
「ああ。やつらはここへ来るつもりだ」
ピッコロの言葉通り、ぐんぐんとこちらへ近づいてくる恐ろしいほどの二つの気に、ほとんど温度を感じない手のひらを思わず握り締めた。
「恐れることはない。オレたちは一年前とは比べ物にならんほど強くなった」
視線は空のほうに向けたまま、マントとターバンを脱ぎ捨てながらピッコロがセレナと悟飯に言い聞かせる。はい、と悟飯とセレナがほぼ同時に返事をした。
(ピッコロさんが、戦う前からあの重量装備を外している……)
あれだけの大きさの気を持つ相手だ、最初からとばしていくつもりなのだろう。
ぐっと握った手を開き、邪魔にならないように髪をきっちりと結いなおした、そのとき。一般人にしては強すぎる気を近くに感じて、はたとセレナは顔を上げた。
ピッコロも悟飯も同じものを感じたようで、サイヤ人が向かってくるところとは別の方向に顔を向け、警戒を顕わにしている。
「向こうからも何かが近づいている! ほかにもまだこっちに向かってくるやつが……!」
「さ、サイヤ人って二人だけじゃなかったの!?」
悟飯が戸惑ったように上ずった声をあげる中、シュタッと音を立てて人影が近くの岩山に降り立った。
山吹色の道着に、身軽そうな小柄な体格。
「やあ。久しぶりだな、ピッコロ、セレナさん」
そう言って人のよさそうな笑みを浮かべた彼……クリリンの登場に、ピッコロは眉間によった皺を僅かにやわらげると、不敵な笑みを浮かべた。
「久しぶりです、クリリンさん」
「なんだ、誰かと思えばきさまか……ここへ何しに来た。邪魔者にでもなりに来たか」
「そういうなよ、これでも腕を上げたんだ」
軽い調子で返すクリリンに、ピッコロもそのようだな、と返した。セレナから見た限り、口ではあんなふうに言ったが、ピッコロはクリリンのことを邪魔者として見ておらず、戦力のひとつとして数えているようだった。
セレナとしても、クリリンが加わってくれるのは心強い。
「他にもここに来ようとする馬鹿がいるらしいな」
「ああ。オレが一番近くにいたんだ。じきに皆来るだろう」
皆とは天津飯たちのことだろうな、とあたりをつける。
「あれ、そういや聞くの忘れてたけど、セレナさんも戦うの?」
「はい。微力ながらもお手伝いします」
控えめに笑ってそう答えると、クリリンの視線がわかりやすくセレナの側頭部に向いた。
「というかセレナさん、その頭に生えてるのって、」
やはりというか、早速突っ込まれたその質問に思わず苦笑いをした。さあなんと答えようか、とセレナが思案し始めたところで、悟飯がはっとしたように口を開いた。
「思い出した……。亀仙人様のところにいたひと」
その一言に、クリリンの意識が悟飯のほうにそらされ、ほっとセレナは息をつく。
「それにしてもずいぶんと逞しくなったなぁ。ピッコロなんかに鍛えられて、つらかっただろ」
声を潜めているつもりなのだろうが、丸聞こえだ。セレナでさえそうなのだから、圧倒的に聴力のいいピッコロはもちろん聞こえているだろうに、そしらぬ顔をしている。
「うん。でもピッコロさん思ってたよりずっといい人……」
「おしゃべりはそこまでだ……! 来たぞ!!」
にこやかに笑って答える悟飯の声をさえぎるようにして、ピッコロの注意をうながす声が大きく響いた。
はっと表情を変えて空へ視線を移すセレナ、クリリン、悟飯の三人。
ぞわり。
今日で何度目かのその感覚が背筋に走った。
上空に浮かんだ二つの人影が、恐ろしい威圧感を撒き散らしながらこちらを見下ろしている。
「ふっふっふ、いたいた。一匹増えてお強そうなのが四匹……」
「どうやらオレたちのことはよぉくご存知らしいな」
音もなく降り立った二人のサイヤ人。
こみ上げる恐怖心を押さえ込み、目の前に立つサイヤ人たちを見据えるセレナ。
一人は筋骨隆々のスキンヘッド、もう一人は小柄で額を出し髪を逆立たせている。どちらも同じような鎧や機械を身に着け、余裕綽々と言った表情だ。
「お待ちかねだったようだな」
「そういうことだ」
息の詰まるような威圧感を真正面から受け止めたセレナたちは、ピッコロを中心にして並び、サイヤ人たちと向かい合った。