23.理不尽な存在

 ヤムチャが命を落とした。
 嘘だと思いたくても、修行で鍛えた身体はヤムチャの気が消えたことをセレナの頭に確実に知らしめる。

「情けないサイバイマンだぜ、相打ちとはよ! あんなクズ共を相手になにやってやがるんだ!」
「おい、汚いから片付けておけよ。そのボロクズを」

 人を人とも思わぬ、サイヤ人たちの非情な言葉に、握り締めたセレナの拳が小刻みに震える。だが、セレナよりももっとヤムチャとの付き合いの深かったクリリンの怒りは凄まじいものだった。
 くそったれ、と一言吐き捨てたクリリンがきつく歯を噛み締めたことにより、頬の肉が盛り上がった。

「みんな! 離れてろ!」

 修行の成果を見せてやる、と叫んだクリリンは構えを取り、気を高め始めた。渦を巻くような気の奔流に、息を呑んだピッコロと天津飯が後ずさる。
 そして、クリリンの両手から放たれたエネルギー波がゆっくりと、だがまっすぐにサイヤ人のほうへと向かっていった。

「凄まじいエネルギーだがまるでスピードがない。あれでは避けろと言っているようなものだ……!」

 そう言いつつも、巻き添えを食らわぬようその場を離れるピッコロに続いて、セレナと悟飯も距離をとる。天津飯たちはすでに空中に避難しているようだ。

「だりゃァァァアアっ!」

 そんな雄叫びと共に、ぐいっと上に曲げられたエネルギー波がいくつかに分かれ、それぞれサイバイマンとサイヤ人に向かっていく。
 やがて、轟音を上げて岩を砕きながら六つに分かれたエネルギー波は、岩の陰に隠れた一匹のサイバイマンを除き、サイヤ人たちも含めた全ての敵を飲み込んだ。

「やったぁ!」

 爆発が終わった後も数秒間に渡って吹き荒れる爆風が、その威力を物語っている。
 と、その時、岩陰から飛び出した一匹のサイバイマンが悟飯に襲いかかった。

「あっ!」

 咄嗟のことに反応出来ず、後ずさりする悟飯。すぐ近くにいたセレナの脳裏にどう救出するかの考えが巡ったが、間一髪、サイバイマンの鋭い爪が悟飯に届く寸前にピッコロがその腕をつかんだことで、答えは出せずじまいになった。

「くたばれ」

 一言、低く呟くなり、サイバイマンの胴に拳を叩き込み、空に放り投げた。空中でサイバイマンが体制を整えることも許さず、ピッコロの口から発せられた光線が肉片のひとつすら残さずに消し飛ばす。

「さすがピッコロだ。また敵になるかと思うと恐ろしいぜ……」

 容赦のないその攻撃に、天津飯が複雑な表情でそう呟いた。
 唖然としたままそれを見上げていた悟飯だったが、すぐにピッコロに向き直ると恥ずかしげな笑みを浮かべた。

「ありがとう、ピッコロさん」
「勘違いするんじゃない、きさまなんぞ助けるか。これから始まる素晴らしい戦いのためのウォーミングアップをしただけのことだ……」

 そういって笑ったピッコロの声に答えたのは、セレナたちではなかった。

「そんな戦いになればいいがな……」

 次第に薄れていく土煙の中から響く、低く冷たい声。
 やがて姿を現したサイヤ人たちに、セレナは目を見開き、絶句した。セレナの目には、クリリンの放った攻撃が直撃するのがしっかり見えていた。それなのに、あれほどのパワーを直に食らってもなお、まったくの無傷どころか、平然と笑っている。

「ではそろそろお前たちの望みどおり、お遊びは終わりとするか」
「いよいよ本番ってわけだ」

 想像を遥かに超える強さに、恐怖がセレナの胸の内に染み出していく。

「莫迦な、まともに喰らったはずだ……っ」
「お、オレはフルパワーでやったぞ……あれがサイヤ人か……!」

 恐怖とも、焦りともつかぬものを滲ませ、顔を引き攣らせるクリリン。

「オレにやらせてくれ。六人まとめて一瞬で片付けてやる」
「好きにするがいい。だが、あのナメック星人は殺すな。あとでドラゴンボールのことも聞き出さなければならないからな」

 どうもサイヤ人たちはピッコロだけがドラゴンボールのことを知っていると思っているらしい。
 お前だけは殺されずに済むな、と苦笑したクリリンに、ピッコロがどっちも同じことだと吐き捨てた。ピッコロの言うとおり、用が済めばサイヤ人たちはあっさりと殺してしまうのだろう。

「なるほど。さあて、どいつから片付けてやるかな……」

 にやり、とナッパの顔が品のない笑みに歪む。はああ……という低いうなり声とともにとんでもない気合が発され、大地が震え始めた。

「貴様からだ!!」

 目標を天津飯に定めたナッパは目にもとまらぬ速さで動き出した。
 振り上げられたナッパの拳が天津飯めがけてまっすぐに振り下ろされる。

「天津飯さんッ!!」
「避けろ!!!」

 渾身の力がこめられたそれを腕一本で受け止めるつもりの天津飯を見て、セレナがほぼ反射的に彼の名を呼び、ピッコロが叫ぶ。

 そして一瞬のち。なんともいえない嫌な音を響かせて天津飯の肘から下の腕が切り落とされた。

「ふん、脆い奴らだ……」

 痛みにうずくまる天津飯をみたベジータが嘲笑を溢す。ナッパの二度目の攻撃が降りかかる寸前で天津飯は空に飛び上がり、残った片腕で気功波を打つも、足蹴りを受けて地に倒れ伏した。
 たまらず天津飯の名を叫びながら駆け寄るクリリンに向かって、邪魔だと言わんばかりにナッパが気弾を放つ。

「くっ……穴の底が見えん。とんでもないエネルギー波だ……っ」

 大地にあけられた穴を見て、呆然とピッコロが呟く。前振りのない動作だったというのに、一瞬にして地形が変えられ、あまりの攻撃力に戦慄が走った。

「はっ……餃子! 餃子はッ!?」

 ふと、辺りを見回せば、餃子がいない。まさか、さっきのエネルギー波に巻き込まれたのだろうか、と視線をめぐらせるセレナたちの耳に、後ろを見てみろ、というベジータの低い声が入った。
 一斉に全員の目がナッパの背後に向く。
 そこには、ナッパの背の真ん中にぴたりと張り付いた餃子の姿。

「くそっ、はなれろ、このガキっ!!」

 振りほどこうとナッパが岩に体当たりし、餃子の身体はあっという間に血塗れになっていく。

「あ、あ……ちゃ、餃子さんっ」
「目を反らすな! これが戦いだ……!」

 見るに堪えないと顔を背けた悟飯をピッコロが叱責する。泣きそうな顔をして悟飯はセレナに目線を移すが、そのセレナも顔を歪めつつ餃子にしっかりと目を向けている。
 四歳の子供には酷なことだろうが、戦いの場においては、どんな残虐な場面であろうと目を背けることは許されない。
 ぐっと歯を噛み締めると、悟飯は上空に視線を戻した。

 既に餃子の身体はボロボロだ。それでも、しっかりと背に陣取った餃子の顔は、戦闘中とは思えないほど穏やかな笑みが浮かんでいた。
 じり、と嫌な予感が胸を焦がす。

「やめろ、餃子──ッ!!」

 天津飯の叫びもむなしく、餃子の身体を包む光はみるみるうちに増幅し、ナッパを飲み込んでいく。
 そして、爆音とともに餃子の体は目を焼くような激しい光を発して爆発し、砕け散った。
 天津飯の悲痛な声が響き渡る。

「自爆して相打ちとは、思い切ったことをしやがるぜ……。あのチビにしては、上出来だ」

 そう呟くピッコロの言葉に、誰もが言葉を返せずに固く目を閉じて涙を堪えるのみ。

 そうして、煙幕が晴れたとき、その場にいた者の顔が絶望に歪んだ。
 低く笑いながら現れる大きな影。

「ふふふふ……くだらねぇことをしやがって……」
「ナッパよ、お前にしてはずいぶん手間取ったようだな」

 傷を受けた様子もなく、ニタニタと笑いながら空にとどまるナッパに、ベジータのそんな言葉が投げかけられる。

「そ、そんな……まるでこたえてない……! 餃子は……命まで張ったんだぞ……!? こっ、これじゃあ餃子が浮かばれない……!!」

 戦いは始まってまだ二時間も経っていないし、悟空だって来ていない。それなのに、すでに二人が命を落とした。
 その事実に、わなわなと手足は震える。絶望で目の前が真っ暗になりそうだった。それでも座り込んでしまわないのは、すぐ隣にピッコロが立っているからだ。
 だが、そのピッコロが倒れてしまえばどうなるのかはセレナにも予想がつかない。

(どうして、こんなに理不尽な敵が存在するのだろう……)

 そんな、どうしようもない思いがぐるぐると意味もなくセレナの頭の中で回っていた。



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