24.零れ落ちるいのち
「……餃子は、一度ドラゴンボールで生き返っている……もう、二度と……二度と、生き返ることは……できないんだ……っ!」
ぎりっと歯を噛み締めた天津飯は許さんぞ、と叫ぶなり、ナッパにまっすぐと向かっていく。その鬼気迫るたるや、セレナや悟飯どころか、ピッコロすらも圧倒されて迂闊に近づけない。
「す、すごい……! だけど、このままじゃ天津飯さんもやられちまうっ。な、なんとかしなきゃ、」
「やめろ、クリリン!」
走り出そうとしたクリリンを、ピッコロが鋭い声で呼び止めた。
「奴は攻撃にうつる僅かな一瞬に隙ができる。そこを狙って攻撃するんだ。……いいな、セレナ、悟飯!」
セレナがこくりと頷き。悟飯は怯えながらもはいと返事をする。
「いい作戦だな。健闘を祈るぞ」
ピッコロのものではない低い声が耳に入り、ぱっと声の主を振り返った。
「よそ見してていいのか? チャンスを失うぞ」
なおも追加される嘲りを含んだおちょくりに、セレナが歯を食いしばる。人を食ったような笑みが憎たらしい。
「……余裕だな。だがそうやって笑っていられるのも、孫悟空が来るまでだ」
同じく不快に感じているのだろう、頭に血管を怒張させたピッコロがそう吐き捨てる。ほう、とベジータがわざとらしく声を上げた。何者だ、と問うベジータに答えることはせず、ニッと笑みを浮かべると、ピッコロはナッパに視線を戻した。
やがて、動けなくなった天津飯にとどめを刺さんと、ナッパが浮き上がる。ナッパの身体が急降下を始めた瞬間、カッと目を見開いたピッコロが叫んだ。
「今だ、散れックリリン、セレナ、悟飯!!」
「おうっ!」
「はい!!」
ピッコロの声に応えながら、足に力をこめてその場から飛び上がる。
完全に天津飯一人に的を絞っていたナッパをピッコロが殴りつけ、続いて無防備になったわき腹に、セレナが膝蹴りを叩き込み、上へと飛ばす。そして、拳を固めたクリリンが頭に攻撃を食らわせた。ナッパが落ちていく先は、悟飯のところ。
「悟飯、撃て!!」
「悟飯!」
ピッコロとクリリンが叫ぶが、悟飯は完全に怯えた表情で、構えすら解いてしまっている。
「こ、こわいよ〜……っ、うぁぁっ」
構えろ、と叫んだが、悟飯はそのまま落ちてくるナッパから逃れるようにその場から離れてしまった。
仕方のないことだとは理解している。それでも、思わず臍を噛んだ。
「クソガキめっ」
ひとつ、舌打ちをしてそう毒づいたピッコロは両手に気を溜め、気を放つ。セレナ、クリリンもそれにならったが、難なく避けられてしまった。
怒りに震えるナッパを見やり、セレナは未だ痺れを訴える膝に息を吐いた。じんじんと痺れるそれはナッパの頑丈な身体を打ったことによる衝撃だけではない。
初めて、本気で……人を、殺す気で攻撃した。
その事実を実感したからこその痺れだった。
地上の悟飯は、攻撃できなかったことを悔やみ、泣き声をあげている。
セレナには悟飯を責める気は一切ない。覚悟を決めたはずの自分でさえ、この調子だ。ましてや、たった四歳の子供で、今日が初戦の彼にはどれほど重い荷を与えてしまったのだろう。
「セレナ! ぼさっとするな!」
黙り込むセレナの耳に、ピッコロの声が鋭く響き、はっと顔を上げた。
「へへ、やってくれたじゃねぇか。望みどおり、殺す順番を変えてやろう」
口の端から血を垂らしてはいるが、ダメージは微々たるものだ。火に油を注ぐことになったが、少なくとも天津飯が殺されてしまうのを阻止することはできた、とセレナは地上にいる彼に目をやった。
そして、その瞳に浮かぶ覚悟と、少しの狂気を目にして、どきりと胸を突かれたような気がした。笑みを浮かべ自爆を図った餃子の顔がセレナの脳裏をよぎる。
セレナの予想を裏切らず、天津飯の残った右腕に、全身全霊をかけたであろう気が凝縮していく。
「これが、オレの最後の……気功砲だァ──ッ!!」
その叫びとともに、とんでもない威力を秘めた気功砲が炸裂した。同時に、急速に減ってく天津飯の気と、なおもびりびりと肌を痺れさせる気配。
事実、姿を現したナッパは、多少戦闘服が傷ついただけで攻撃が効いた様子はない。
「どうして……っ」
「まっ、まったく効いてないなんて、」
「奴は不死身か……!?」
ナッパのあまりのタフさに、空にとどまっていた三人に戦慄が走る。無念、と一言言い残し、天津飯はどさりとその身体を地に着けた。
「天津飯さん……ッ」
「そ、そんな……天津飯さんまでやられちゃうなんて……。悪夢だよ、皆次々に死んじゃうなんて、」
わなわなとクリリンの身体が震える。
「悟空───ッ! 早く来てくれ────ッ!!」
今ここにいる、全員の心を表したような叫びが木霊した。
「地上に降りて戦うぞ」
ピッコロの低く落ち着いた声が響く。空中戦では奴の方がはるかに慣れている、という言葉にうなずいたセレナとクリリンはそろって降下していく。
(悟空さん、早く来て……!!)
いよいよナッパが目標をこちらに定めて向かってくる。恐怖で身体から力が抜けそうになるが、そんなことをすれば一瞬で殺されてしまうだろう。
キッとナッパを見据え、身構えた……刹那。
「待て、ナッパ!」
その声に、ナッパが急ブレーキをかけて空中で静止する。攻撃を中止させられ、不満そうな表情のナッパにかまわず、ちょっと聞きたいことがある、とベジータは言葉を続ける。
いまさら何を聞くことがあるのだろう、とセレナは眉を顰めた。
「お前たちがいうソンゴクウとは、カカロットのことだな?」
「……そうだ! だからなんだ!」
クリリンの回答にさも愉快そうに笑うベジータ。
「ハハハハハッ! 頼みの綱がカカロットとはな! ラディッツにすら歯が立たなかったあいつが来たところで、何の役に立つ?」
「この前とは違うっ! もっともっと、ずっと強くなってるさ!」
「きさまら、孫悟空をなめるなよ……ッ!」
「その割にはちっともやって来ねぇじゃねえか。怖くて逃げちまったんじゃねぇのか?」
ナッパの下品な笑いが耳に障る。
「く、来るよっ!! お父さんはきっと来る! お前たちなんかやっつけてくれるんだ!」
驚いたことに、先ほどまで怯えに顔を歪ませていた悟飯までもが反論の声を上げた。
(息子の悟飯くんでさえこうなんだ、悟空さんが来ないはずはない)
セレナの口角が僅かに上がる。
「悟空さんは、絶対に来ます!」
「大した信頼だな。……面白い、やつが来るまで待ってやろう。ただし、三時間だけだ」
不満げな表情を浮かべていたナッパの顔がいよいよ不機嫌なものになった。
「ぐぬぬ……ばっバカバカしい、オレは今すぐにでもっ、」
「ナッパ! オレの言うことが聞けんのか!!」
飛びかかろうとしたナッパは、そんな声が投げかけられると一転して、ぴたりと止まり、謝罪を口にした。
「……そういうことだ。少しは寿命も延びたんだ、感謝するんだな」
そうして、三時間の猶予が設けられることとなった。
うなだれ、顔を俯かせる悟飯を見るピッコロの表情は厳しい。
「む、ムリないさ……。初めての実践がこれだもんな」
「ふん。きさまに期待したオレの方が情けないぜ」
クリリンのフォローにも耳を貸す様子はなく、ピッコロは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
(ピッコロさん、あれだけ厳しいこと言ってるけど、戦闘中もちゃんと悟飯くんを気遣ってるんだよね。
……それにしても、あのナッパってやつ、上下関係では完全に下みたい。サイヤ人の身分差は戦闘力で決まるらしいから……つまり、ベジータはもっと強い、ってこと?)
自ら出した結論に、ガンと頭を殴られたような気がした。
「悟空……」
縋るような呟きがクリリンの口から零れる。
──そして、悟空は来ないまま、無情にも三時間のタイムリミットは過ぎてしまった。