25.今は望まぬ誰かの背中

 クリリンの顔に浮かんでいた焦りの色が濃くなった。

「時間だ。どうやら、待っても無駄だったようだな」

 目を閉じていたベジータがニヤリと笑いながらそう言った。
邪魔になったのだろう、ナッパが鎧を脱ぎ捨てて、品のない笑みを浮かべて向かってくる。
 
(今度こそ、殺されるかもしれない)

 と、その時、ナッパから視線は外さずに、ピッコロが小声で話し出した。

「オレたちがやつに勝てる可能性が、たった一つだけある」

 もちろん、上手く行けばの話だが、と前置きをした上でピッコロは話を続けた。

「まずはクリリンとセレナ、やつの注意をめいっぱい引くように仕掛けろ。そして、オレが隙を見つけてサイヤ人の弱点であるシッポをつかむ」

 シッポという言葉を聞いて、合点がいったようにそうかとうなずいたクリリン。

「力が抜けて動けなくなったところを悟飯、全ての力を振り絞って思いっきり突っ込め。いいな」

 はい、と先ほどよりもずいぶんとしっかりした声で悟飯は返事を返した。

「今度はもう逃げたりしないから……だ、大丈夫……!」
「当たり前だ。地球の運命はきさまの腕にかかっていると思え」

 緊張からか、顔をこわばらせ、拳を握る悟飯。

「自信を持て、悟飯。お前がその気になればこのオレよりパワーは上なんだ」

 クリリンに顔を向け、目配せしてこくりと頷く。

「よし! いくぜ!! とああああッ!!!」
「だぁぁあっ!!」

 大げさなまでの雄叫びを上げながら真正面から駆け出した。

「ハッ! いきなり突っ込んできやがったぜ!」

 完全にこちらをあなどっているナッパに、セレナは口角を僅かに上げると、クリリンと二手に別れ、手のひらを下に向けて気を撃ち出した。舞空術も合わさり、二人の身体は一瞬のうちにはるか上空まで上昇する。
 そして、ナッパの視線が上を向いた隙にピッコロが背後に回り、腰に巻きつけられたシッポをがっちりとつかんだ。

「貴様……っ!」
「悟飯!!!」

 悟飯が気を高めながら突撃してくる。
 そのとき。上空に飛び上がり、一連の動きを見ていたセレナは、ふっと嫌な予感が胸をよぎるのを感じた。

「……?」

 様子がおかしい。シッポをつかまれたナッパは動きを見せないが、かと言って力が抜けた様子もない。
 にやりとナッパの口元がつり上がる。

「……ピッコロさんッ! 逃げてくだ……っ」

 嫌な予感が現実のものになろうとしていることを瞬時に悟ったセレナは叫んだが、それは最後まで言葉になることはなかった。

「ふふふ……バカめ!」
「な、なにッ……」

 シッポをつかむため無防備だったピッコロの脳天に、ナッパの強烈な肘打ちが落とされた。

「ぴ、ピッコロさん!!」

 ほとんど悲鳴に近い声をあげて悟飯が動きを止めた。まともに攻撃を食らい、うめき声を上げてピッコロの体がくずおれる。

「おおっと、死ぬんじゃないぞ? 貴様にはまだドラゴンボールのことを喋ってもらわんとな」
「そ、そんな……!」
「ハッハッハッハ……! とんだ計算違いだったな! オレたちがいつまでも自分の弱点を鍛えずにいるとでも思ったか!」

 よく考えればわかることなのだが、それでもベジータの高笑いが癇に障って仕方がない。

「へっへっへ、残念だったな。この星一番の使い手も、このザマだ」

 ナッパがピッコロの襟首を掴み上げ、ぽいと放り投げた。その体が地面に触れる前に、慌てて降りたセレナがピッコロの身体を支え、サイヤ人たちと距離をとる。そっと降ろして様子を伺ったが、ぴくりとも動かず、気絶しているのが見て取れた。その呼吸が途絶えていないことに安堵するも、ふつふつと怒りがセレナの胸に満ちていく。

「さてと、こいつがおねんねしている間にチビどもと遊んでやるか。まずはカカロットの息子からだ。おまえも確かなサイヤ人の血を引いているんだろ? 少しは……何だ?」

 怯えて動くこともできずにいる悟飯に近づくナッパ。その間に、セレナが割り込んだ。
 一瞬だけ眉を上げたナッパだったが、すぐにバカにしたように目を細めて口許を吊り上げた。

「お前から先にやろうってか。いいぜ、手加減はするつもりだがな、っと」

 ナッパが言い切る前に回し蹴りを放ったセレナだったが、なんなく避けられたどころか、足をつかまれ、そのまま地面に叩きつけられた。傷こそ負わなかったものの、背中から強かに打ち付けられ、衝撃で肺から押し出された空気が口から洩れ出た。

「う、ぐっ」

 もういちど叩き付けるつもりなのだろう、再びセレナの体が振り上げられる。

「はぁッ!」

 身体が地面に触れる寸前、ずきずきと痛む背を無視して、僅かな間に気を溜め至近距離からナッパの目をめがけて放つと、足を掴む手が緩んだ。その隙に開いている片方の足で蹴って抜け出し、悟飯を抱えてナッパから離れたセレナ。

「へへへ、やってくれるじゃねぇか」

 嗜虐的な笑みをたたえて、ナッパが再び向かってくる。

(どうしよう、わかってはいたけどスピードもパワーも明らかにあっちが格上だ……)

 今度はこっちからいくぜ、という言葉とともに再び襲い掛かるナッパの顔を、今度はクリリンが蹴り飛ばした。目標がクリリンに移り、次々と繰り出されるナッパの攻撃をクリリンが無駄のない動きで避けていく。

「ほう……動きだけはなかなかのものだ」

 鮮やかなその動きにベジータが思わずそんな声を洩らした。
 このガキ、と毒づいて飛び掛るナッパを見据え、クリリンが口角を上げながら気を溜め始めた。掲げられたクリリンの手に集まる気は球体ではなく、みるみるうちに薄い円形に形作られていく。

「すごい、」

 一寸の乱れもなく、練られていく気に思わずセレナの口からそんな呟きが漏れた。これが戦いの経験の差か、と感じずにはいられなかった。

「気円斬ッ!!!」

 放たれたそれがまっすぐナッパに向かっていく。下らん、と吐き捨てたナッパが受け止めようと立ち止まり、気円斬が当たるか、と思われたそのとき。

「ナッパ! 避けろ!」

 ベジータの声に反応したナッパが咄嗟に首をひねったことで、気円斬はナッパの顔を掠めただけにとどまり、背後の岩山を真っ二つにして消え去った。

 顔を傷つけられたことに怒り、わなわなと震えるナッパの手から、エネルギー弾が放たれた。
 かろうじて避けたクリリンだったが、そのとんでもない威力に余波だけでダメージを負い、身体を襲う痛みに絶叫した。

「とどめだ……!」

 もう一度、気弾を放とうとしたナッパの背に、気功波が直撃した。
 気が放たれた方向に目をやれば、ナッパの後方で、気を放ったときの姿勢そのままで膝をつき、肩で息をするピッコロの姿が目に入る。

「や、やろう……もう目が覚めやがったか!」
「この地球を……地球をなめるなよ、サイヤ人……!!」
「ピッコロさん!」

 思わず呼びかけると、大丈夫だとでもいうかのように、一瞬だけ視線がよこされた。

「て、てめえ……貴様だけはドラゴンボールのせいで殺せねぇから手加減してやったんだ、いい気になるなよ!」
「いい気になっているのは貴様の……、!?」

 言葉を途中で切り、はっと空に顔を向けて目を見開いたピッコロ。それに合わせてセレナもうっすらとオレンジに染まった空を見上げ、感じ取った気に息を呑んだ。

「なっ何だこの気は……!? とんでもない気が遠くから近づいてくる!!」
「ほんとだ……。すごいけど懐かしい気……」
「ま、まちがいない……感じるぞ……」

 セレナが気を探れるようになった時はつい最近のことだ。そのため、セレナはこの気の持ち主を知らない。それでも大きく暖かい気に、安堵の念がセレナの胸に広がっていく。

「奴しかいない……。孫悟空が、やってくるぞ……!」

 あの野郎待たせやがって、と毒づくピッコロの表情は晴れ晴れとしている。悟飯とクリリンの目尻には涙すら浮かんでいる。

「こいつらには気配を感じ取る不思議な力がある……。カカロットか。どれ……」

 スカウターを拾い上げ、顔に装着して計測を始めたベジータの目がゆっくりと驚愕に見開かれていく。

「ベジータ、こいつらの言ってることは本当か? カカロットの奴は本当にこっちにむかっているのか」
「カカロットかどうかはわからんが……戦闘能力5000ほどの奴が、あと四分ほどでこっちにむかってくる……!」
「ごっ、5000だと!? そんな、バカな!!」

 うろたえるナッパの姿に思わずピッコロの口角がつり上がった。しかし、続いて響いたベジータの言葉に、ピッコロの顔から浮かんだばかりの笑みが掻き消えた。

「ナッパ! そいつらを殺せ! 四匹そろって手を組まれると厄介なことになりそうだ!! カカロットへの見せしめのためにもな! 」

 しかし、ドラゴンボールが、と渋るナッパに、ナメック星へ行けばもっと強力なものがあると返すベジータ。悟空が生き返ったことで、その信憑性を確信したようだ。

「へっ、カカロットが5000なんざ、機械の故障に違いねえ。どっちにしろこいつらは皆殺しだ」

 ますは貴様からだ、とピッコロに向き直ったナッパに、今度こそセレナの顔から血の気が引いた。そこで声を上げたのは、意外にも悟飯だった。

「ピッコロさん逃げて! お父さんが来るまでなんとかボクが食い止めるよ……!!」
「なにっ!?」
「私もやります!! ピッコロさんはまず自分の安全を優先してください!」

 驚きに目を見開いたセレナとピッコロだったが、すぐにセレナは声を上げると悟飯の近くまで移動した。

「くだらねえこと言いやがって……きさまらだけで食い止められるわけがなかろう」

 へっ、と小さくピッコロが笑う。

「食い止める、だと……? このオレをか? ……笑わせるなぁぁっ!!」

 吼えながらナッパが悟飯に向かい、それよりも一瞬早く移動したセレナが腰を落とし、頬に突きを入れた。自分の防御など一切考えない、捨て身のそれはしっかりとナッパの顔に突き込まれ、拳にその確かな感覚が伝わった。
 次の瞬間、にいと笑ったナッパの手が光った。咄嗟に体を仰け反らせたおかげで、撃ちだされた気弾は前髪の一部を焦がすだけにとどまり、身体を貫くまでには至らなかったが、隙のできたセレナの胸元にナッパの蹴りが叩き込まれ、なすすべもなく後ろに吹っ飛ばされる。

「セレナさんっ!」

 落ちたはずみで口の中を切ってしまったのだろう、鉄の味が広がった。自分を呼ぶ悟飯の声にこたえることもできず、セレナはごほっという咳と共に、口の中の血を吐き出す。
 手の甲で口から垂れる血をぬぐって身体を起こせば、繰り出された悟飯の蹴りが決まったのが目に入った。

「やった……!」

 喜色を浮かべたのもつかの間、完全に頭に血が上ったらしいナッパの手に平に集まるとんでもない量の気を目の当たりにし、凍りついた。悟飯もそれを感じ取ったのか、あまりの威力に動くこともできないでいる。
 ここにいれば自分も悟飯もエネルギー波に巻き込まれてしまうし、こんな一瞬ではさっきのように悟飯を抱いて逃げることもできない。

 一切の躊躇いなく、それが放たれたのを目にするや、痛む身体に鞭打ってセレナは悟飯に覆いかぶさると、エネルギー波から守るように背を丸めた。

(せめて、悟飯くんだけでも、)

 そんな思いばかりが脳を埋め尽くす。

 目の前に迫る、色のない光が目を焼き視界を塗りつぶす。
 ぎゅっと目をつぶり、その衝撃と痛みに耐える準備をしたが、待てども待てどもそれはやってこない。

 ついに己の感覚がおかしくなったのか、それとも痛みすら感じる間もなく、一瞬のうちに自分の命が絶たれたのか。

 そんな想像をしながらゆっくりと閉じていた目を開いて顔を上げ……そして絶句した。

 この世の誰よりも頼りがいのある、しかし今は最も見たくなかった大きな背中が、そこに在った。



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