3.とりあえず腹を決めた

 セレナが素直に歩き出したためか、こちらを引っ張る少年の力は少しだけ弱まったが、それでも腕はつかまれたままだった。
 傍から見れば小学生ぐらいの男児に誘拐される十七の女である。頭の中でその光景を想像して、なんともシュールな絵面だな、と苦笑した。のこのことついていく自分も自分であるが。

 そんなどうでもいいことを考えたりして、身長差により悲鳴を上げ始めている腰を考えないようにしてみたり。

 こちらの手を引っ張ったまま、セレナのほうを一切振り返る気配がないのをいいことに、目の前を歩く少年の姿をセレナは不遠慮にまじまじと眺めた。
 緑色の肌に服の裾から時おり覗く鮮やかなピンク色の不思議な模様、額から伸びる二本の触角。

(どう見てもあのピッコロ大魔王にそっくりなんだよね……)

 サイズにいささか違いはあるが、少し前にテレビのニュースで見た顔と完全に一致している。やはりあのピッコロ大魔王の関係者と考えるのが一番自然であろう。
 ふいに、少年がこちらを振り向いた。

「あの、逃げないので手を離してくれませんか。歩きにくいです」

 ちょうどいいとばかりにそう訴えてみれば、あっさりと手は離された。

「ありがとうございます。ところであなたの名前を聞いてもいいですか?」

 なんだかさっきから自分ばかり喋ってるな、なんて考えながらそう問いかけてみると、元から不機嫌そうだった少年の眉間にさらに皺が寄った。

「それを聞いてどうする」
「だって誘拐犯さんのお名前を聞かないとなんと呼べばいいのかわからないですから」
「……。人に名を尋ねるならまずはきさまから名乗れ」
「ああ、そうでしたね。私の名前はセレナです」

 そういってセレナは微笑んだまま少年に視線を向けた。少年はしばらく視線を泳がせていたが、ついに口を開いた。

「……ピッコロ、だ」

 自分の名前を言うだけなのにずいぶんとためらったなぁ、と思いつつ、それを顔に出さないように、

「じゃあ、ピッコロくんって呼びますね」

 と言えば、少年改めピッコロは不機嫌そうな表情を一転させ、あっけにとられた顔をした。それもすぐに引っ込められ、また歩き始めてしまったが。

(ピッコロくん、ね)

 再び歩き出したピッコロの後について歩きながらぼんやりと物思いにふけるセレナ。
 名前からして、ピッコロ大魔王の関係者であることはほぼ確定だろう。下手をすれば本人かもしれない。テレビで見たあの巨漢がなぜこんな少年の姿になっているのかはわからないが。
 仮にそうであったらそれこそ逃げるのは不可能だろう。もとより逃げるつもりもないのだが、それならなぜ自分を浚った(そう解釈するべきか迷ったが、最終的にそう思うことにした)のかがわからない。こんな利用価値の欠片もない小娘なんかを捕らえてどうするつもりなのだろうか。

 そして道なき道を進むこと数時間。森を抜け、ようやく前を歩くピッコロの足が止まったときにはすでに日が暮れ、空には月がぽっかりと顔を出していた。

「今夜はここで夜を越す。……くれぐれも逃げようなどと下らんことは考えんことだな」

 そう言い捨てるや、ピッコロは腰を下ろすなり、腕を組んで目を閉じてしまった。

「…別に逃げませんって」

 信用ないな、と苦笑してセレナも適当な岩に凭れかかった。
 ふっと脳裏に、両親の顔が浮かぶ。
 あの、どこか自分の扱いに困っているような、困惑をにじませた顔。
 いや、事実困っていただろう。ただでさえ狭いコミュニティの中で友人はおろか、兄弟や親にすら心を開かなかった自分はさぞ可愛げのない子供だっただろうし。
 その点、今目の前を歩くピッコロは、要らないと判断すれば即座に自分を殺すなり捨てるなりするだろう。両親が浮かべていたあの表情を見るたびに、居心地の悪い思いをすることはないのだ。
 両親が与えようとした愛情をうまく返せない罪悪感はもう感じなくて済むのだ。

(何でピッコロくんが私をさらったのかはわからないけど……でも、この人が私を要らなくなるときまでは、この人についていってみようかな)

 そこまで考えたら急激に睡魔が襲ってきて、セレナの意識はゆっくりと沈んでいった。



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