27.悟空の到着
憎悪と殺意をあらんかぎりにこめた、このエネルギー波を撃ってしまえば、自分もただではすまないことはセレナにも分かっていた。それでもかまわなかった。
むしろ、ナッパを殺したあとは死ぬ気でいたのだ。それなのに。
「撃つな。それを撃ったらおめえの腕が吹き飛んじまう」
気を放とうとした右手はあっさりと悟空によって止められてしまった。熱を帯びていた思考が急速に冷えていく。
「それでもいいです。あいつを殺させて、」
「やめろ」
「だって! 私のせいで、ピッコロさんがっ」
「おめえのせいじゃねぇ!」
そこから先はもう言葉にならなかった。悟空を責めたい訳では無いのに、なんで、とかどうして、という単語ばかりが嗚咽にまぎれて口からこぼれ出る。
言い訳もせずに、ただ一言すまなかったと謝る悟空。
それがまた悲しくて、次から次へと涙は溢れ、軽かったはずの体がどんどん重くなっていく。そのままセレナは腕を引かれ、筋斗雲に乗せられてクリリンたちのところへ移動した。
「ご……悟空……待っていたぞ……!」
「お、お父さん……!!」
待ちわびたその姿を目に写し、涙を浮かべるクリリンと悟飯。
「わざわざ何しにきやがった、カカロット。まさか、このオレたちを倒すためなどという下らんジョークを言いに来たんじゃないだろうな?」
筋斗雲から降りてぐっと口を引き結んた悟空は、何も言わず、ゆっくりと辺りを見回した。目に映るのは、すでにその息を引き取ったピッコロ、天津飯、ヤムチャの身体。
ピッコロさんはボクとセレナさんを庇って死んだんだ、という悟飯の声に悟空の顔つきが険しくなった。
じわじわと気を上昇させながら、挨拶代わりだというナッパの攻撃を、目にも止まらぬ速さで避けた悟空はそのまま、すたすたとクリリンたちのところへ歩いていった。
「悟飯も、クリリンも、遅れてすまなかったな。三人とも、よく堪えてくれた」
これを三人で分けて食ってくれ、と言って差し出されたのはいつか見たあの緑色の豆。
「仙豆じゃないか……。まだカリン様持っていたのか」
「ああ。最後の一粒だ」
さらっと告げられた一言に、クリリンはだったらお前が食べてくれよ、と苦い顔で笑った。
「大丈夫。オラもう食ってきた」
「いや……もしもの時のためにとっておいてくれ。オレたちが元気になったって役には立たない……」
「余計な心配すんなよ。食わねぇなら捨てちまうぞ」
そこまで言われては遠慮するわけにはいかない。三つに割られた仙豆がそれぞれ渡された。ほとんど身動きのできないクリリンと悟飯の口に仙豆が放り込まれ、セレナも渡されたそれを口に含んだ。
小さな欠片だったため、あっという間にそれはのどを通り過ぎ、腹の底に落ちていく。
「あ、れ……?」
じんじんと骨に響く背中の痛みも、腫れて熱を持った腕の傷も、一瞬のうちに消え去り、セレナは目を見開いた。すでに回復して立ち上がったクリリンと悟飯がその反応を見て少し笑う。
「クリリン、ものすごく腕を上げたな。気で分かるぞ」
「そのつもりだったんだけど、ダメだ。あいつらには通用しない。……強すぎるんだ」
皆をみすみす死なせちまった、とクリリンが目を伏せる。
「悟飯、おめぇも見違えたぞ。よく修行したもんだ」
「うん。ピッコロさんとセレナさんが修行つけてくれたんだ。でもボク何にもできなかった……」
ふい、と悟空の視線がセレナに向く。
「おめえもだ。オラおめえが戦ってるとは思わなかったぞ」
なんと返せばいいのか分からず、おずおずとぎこちない笑みを浮かべるセレナ。
「ピッコロさん死んじゃったらもう二度とドラゴンボールも使えない、もうだれも生き返らないんだ」
と力なく呟く悟飯の声に、全員の顔に影が落ちた。
「ご、悟空、俺たちで仇を討ってやろう! 悟空が加わってくれりゃ、ひとりくらいは何とかなるかもしれない……! なあ、界王ってすげえ人のところで修行したんだろ?」
「ああ。だけど、やつらとはオラ一人で戦う。おめえたちは離れて見ててくれ。巻き添えを食らわねぇようにな」
「一人だって!? いくら悟空だって、それは無茶ってもんだ。あいつらの強さはオレたちの想像をはるかに超えているっ!」
「ほ、ほんとだよ、おとうさん!」
同じく口を開こうとしたセレナだったが、ふっとサイヤ人のほうに顔を向けた悟空から、あふれんばかりの気が立ち上っていることに気づいた。
ゆっくりと歩みを進める悟空のあとを追おうとした悟飯を、クリリンが肩を掴んで引き止める。
「悟空に任せるんだ、悟飯!」
「だって、」
渋る悟飯の耳に、自分たちの立ち入る隙がない、というクリリンの悔しそうな声が響く。
「クリリンさんの言う通りです、悟飯くん」
再び、すたすたとサイヤ人たちの近くへ歩み寄る悟空。
「なんだそのツラは、気に入らねぇな。そんなにあっさりと殺して欲しいのか?」
「……ゆるさんぞ、きさまら……!」
完全に舐めきった様子でナッパが笑い、悟空が腰を落として気をさらに上げ始める。そのあまりの気迫に周囲の岩の欠片が浮かび上がり、大地が震えた。
「戦闘力、7000……8000……バカな!」
「カカロットの戦闘力はいくつですか!?」
「8000以上だ……!」
顔から外した機械をベジータがぐしゃりと握りつぶした。
ベジータから告げられた事実が受け入れがたいのだろう、故障だとわめき襲い掛かるナッパを前にして、悟空は構えすら取らなかった。掴みかかるナッパの前から悟空の姿が掻き消える。
次の瞬間、ナッパの背後に現れた悟空はその後頭部に蹴りをお見舞いした。
「何っ?」
「あっ……!!」
その動きの速さにその場にいた全員が目を瞠った。
「威張ってた割にはたいしたことねぇな」
落ち着きはらった悟空の態度とは反対に、ナッパの顔がどんどん怒りと屈辱で紅潮していく。その後も悟空はナッパの攻撃を易々とよけるばかりか、ピッコロをはじめ、殺された仲間たちの恨みだと言って重い攻撃を次々に食らわせていった。
ベジータに喝を飛ばされて落ち着きを取り戻したナッパの『最高の技』も、即席のかめはめ波でかき消され、明らかな実力の差を目にしたセレナたちの心に一筋の希望がさしていく。
「もういい! 降りてこいナッパ! 貴様では埒が明かん、オレが片付けてやる」
業を煮やしたらしい、ベジータがそう声を荒げるのが聞こえた。
(いよいよ……あいつが出てくる)
あの小柄なサイヤ人の実力は計り知れない。ちらりと傍らに目をやれば、同じことをクリリンも考えていたようで、ごくりと喉が上下するのが見えた。悟飯が不安げな視線を悟空に向ける。
「まさかベジータに譲ることになるとはな……。だがな、覚悟しておけ、ベジータにかかれば貴様の命など一瞬だ。やつは惑星ベジータの名をもらうほどの天才戦士……貴様はベジータに任せる。だがオレもこのまま引っ込んじゃあおれん」
下降していくナッパの視線がセレナたちに向いた。にやりという笑いに心臓がどっと冷える。次の瞬間、ナッパの巨体が高速で向かってくるのが目に入り、セレナの体が硬直した。
しまった、という悟空の焦った声がどこか遠くから聞こえてきた。
(完全に気を抜いていたッ! どうしよう、今からじゃ間に合わない!)
思考ばかりが空回りして、セレナの身体はぴくりとも動いてくれない。大口を開けて迫るナッパの後ろから、悟空があとを追いかけているのが見えた。
「間に合わねえっ……! 界王拳!!」
ぐっと悟空の気が膨れ上がり、どすん、という鈍い音が響いたと思ったときには、セレナの目の前にはナッパを片腕で持ち上げた悟空が立っていた。そのまま、ナッパをベジータの前に放り投げた悟空。
「もう戦えないはずだ。そいつを連れてとっとと地球から消えてなくなれ」
静かに悟空がそう言い放つ。
「ご、悟空……。いまの、どうやったんだ? 界王様って人に、教えてもらった技なのか……?」
「ああ。界王拳ってんだ。体中の全ての気をコントロールして、瞬間的に増幅させるんだ。うまくいけば力もスピードも、破壊力も防御力も全部何倍にもなる」
そういってどこか得意げな笑みを浮かべた悟空の説明に、悟飯たちの顔も輝いた。そんな技があるのなら遊んでないで早くやっつけちまえばいいのに、とおどけたクリリンに、悟空が苦笑いを浮かべた。
曰く、気のコントロールを誤れば自分の体がついていけず、しっぺ返しを食らうことになる、ということだった。
ふと、視線をサイヤ人たちに戻すと、倒れたままベジータに助けを求めるナッパの姿が見えた。伸ばされたナッパの手をベジータが掴む。
誰もが、ナッパを助けるものだと思っていた。眉ひとつ動かすことなく、サイバイマンを葬った彼であっても、同じサイヤ人なら助けるのだろう、と。
その予想は、ベジータが掴んだナッパの手をそのままぶんと振って上空に投げたことで、いともたやすく裏切られた。
「動けないサイヤ人など、必要ない!」
ベジータの名を呼ぶナッパの声など何処吹く風といった様子でそう吐き捨てたベジータの手から、光線がとんだ。死ね、という言葉通り、圧倒的な破壊力を持ったそれはいっそあっけないほど簡単にナッパの体を飲み込み、塵一つ残さずその巨体を消し飛ばした。
「な、なんてやつだ……! 自分の仲間まで殺しちまいやがったっ」
「……悟飯、クリリン、セレナ。おめえたちは今すぐにカメハウスに帰ってくれ」
ベジータをじっと見据えたまま、悟空が口を開いた。その表情は硬く、とてもではないが反論できるような空気ではない。
「……そうか。悟飯、セレナさん、行くぞ!」
悟空の表情から察したクリリンがセレナと悟飯に声をかける。納得がいかないのか、悟飯は動く様子を見せない。
「だって……」
「悟飯。あいつはすごすぎるんだよ。オレたちがいても何の役にも立てない。それどころか、かえって悟空の邪魔になるだけなんだ!」
そうなの?と訴える悟飯に、悟空が困ったように笑って肯定の意を示す。それをみて泣きもせず、俯きながらもわかりましたと答える悟飯のなんと気丈なことか。
セレナはうなずきはしたものの、未だ地上に残っているピッコロたちの亡骸に目を向けていた。
彼らの亡骸を運びたいといえるような空気ではないことはわかっている。それでも、戦いの場に残していくのは心辛かった。横たわるピッコロの体に、またずんと胸の底が重くなった。
「そうだ、悟空、どうせなら場所を変えて戦ってくれないか。皆の死体まで無茶苦茶になっちまったら、生き返ったときに悪いから」
「生き返ったときって……ピッコロが死んで、神様も死んじまったし、ドラゴンボールは永久になくなっちまったんだぞ」
「そんなこと、わかってるさ……」
どこか困惑したように、そして険しい顔で返す悟空とはちがって、クリリンの表情には絶望が一欠けらも浮かんでいなかった。それどころか、わずかな希望が光っているように見える。
おそらく、サイヤ人たちの会話の中から何かを得たのだろうが、頭がぼんやりとしてうまく回らない。脳裏に浮かびかけたものを掴む前に、再び聞こえたクリリンの声によってセレナの意識は引き戻され、再びそれを捉えることはなかった。
「詳しいことは後で話す。もし、悟空が、あいつに勝つことができたら……!」
「勝てたら、か。そうだな。まずは勝たなきゃな」
よし、と気合を入れた悟空を、クリリンが呼び止める。
「いつも、お前一人に運命を任せて、悪いな。絶対に、死ぬなよ……親友」
「……ああ。」
差し出されたクリリンの手を悟空が強く握る。二人の間の絆がはっきりと目に見えたような気がした。父ちゃんが生きて帰ったらまた釣りに行こう、と悟飯の頭を一撫ですると、あっという間に悟空は飛び去っていった。
(結局私は、何の役にも立てないままピッコロを死なせ、悟空さん一人に重荷を背負わせてしまった)
ふっと昏い影がセレナの顔に落ちる。自分の体が、心が、もっと強ければ、ピッコロも、他のみんなも死なせずに済んだのだろうか。視界の端がぼやけ、慌てて右手で擦れば、硬い鱗の感触がした。
「……さん。セレナさん」
クリリンの声が間近で聞こえ、はっとセレナは顔を上げた。視線をずらせば不安そうな顔をしていた悟飯もこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい……行きましょうか」
へにゃりと笑みを浮かべて見せたが、どうも失敗したらしい。気遣うようなクリリンたちの目から逃れるように顔をそらすと、セレナはカメハウスに向かって飛び始めた。