31.希望の光に向かって
飛行艇の中はとんでもなく重苦しい空気に包まれていた。泣きじゃくるブルマを気遣って、操縦は亀仙人がかって出てくれた。
暗い雰囲気の中、ゆっくりとクリリンが口を開く。
「あの……このことはすごく可能性が低い話なんだけれども。期待しないで聞いて欲しい。もしかしたら、サイヤ人に殺されたみんなを生き返らせることが、できるかもしれない」
「えっ……?」
クリリンの声にはっと顔を上げた一同だが、タイミング悪くナッパと戦った地点に到着し、話はいったん中断となった。遺体を回収するため、亀仙人たちが降りていくのを見て、セレナも腰を上げた。
「セレナよ、おまえは座っておれ。それだけの怪我なんじゃ、動くのもつらいじゃろう」
カリンの言うとおり、身じろぎをするたびに身体の節々が痛む。カリンの気遣いはありがたかったが、それでも、遺体を他の人の手には任せたくないという気持ちがあった。
こちらを見やるカリンに、ゆるく首を振ると、セレナは一直線にピッコロの亡骸の元へ向かった。
「──……、」
当たり前だが、触れた身体はすでに温もりなどなく、己の手よりも硬く冷たい感触を伝えてくる。遺体を収める透明なカプセルのふたがカチャリと音を立てて閉じられるのを、ぼんやりとセレナは眺めていた。
餃子を除いた全員の遺体を回収し終え、飛行艇に戻る。カリンとひとしきり話して、亀仙人がふう、と息を吐き、操縦席に向かおうとしたところに、ブルマが割って入った。
「さてと……」
「いいわ。わたしがやる。少しは気持ちも落ち着いたから」
そういって薄く笑ったブルマに返す言葉が見つからず、そうか、と返した亀仙人は複雑な面持ちで後部座席へと腰を下ろした。しばらくして、悟飯が目を覚ました。目を覚ましてすぐに仲間と敵の情報を確認するのはやはりこの一年の修行の賜物だろうか。
そうこうするうちに、やっと全体の空気が落ち着いた。
「そういえばおぬし、さっきから気になっておったがその腕と頭は一体」
亀仙人の言葉に、聞かずとも気にしていたのだろう全員の意識がセレナに向いた。唐突な質問に、えっと、と口ごもって苦笑するセレナ。
「まだ、憶測の範囲なんですけども。どうやら私、人間じゃなかったみたいで」
角は修行期間中にゆっくりと、腕の鱗は戦闘中に突然生えてきたことをぽつぽつと告げた。
やはり、そんな人種や症例は誰も聞いたことがなかったようで、博識なブルマや、数百年の知識を持つ亀仙人やカリンでさえ首をかしげていた。
「私のことよりも、クリリンさん。さっきのこと、教えてもらえますか」
そう促せば、はっとしたようにクリリンは居住まいを正し、たびたび中断されていた話の続きを始めた。
曰く、悟空の兄から通信を通してドラゴンボールのことを知ったサイヤ人たちは、地球に来たついでにドラゴンボールを手に入れようとしていたとのこと。
続いて、ピッコロの顔を見て、ナメック星人だとサイヤ人が言ったこと。さらに、ピッコロの故郷であるナメック星に行けば、もっと強力なドラゴンボールがあるはずだ、と。
「その話、ボクも聞いた! ナメック星人には、不思議な珠を創り出せる力があるんだって」
「もしも、本当にもしもだけど、そのナメック星ってところに、行くことができたら、ドラゴンボールが手に入るかもしれない」
そう締めくくったクリリンに、後部座席にいたカリンがぽんと手を打った。
「な、なるほど。そうすれば、殺された者は再び生き返ることができる……」
「ピッコロさんも生き返る!」
「ごっ悟飯ちゃんなんてことを……!!」
続いて嬉しげに声を上げた悟飯、否、その場の全員の耳には、窘めるチチの声など届いていない。
「ピッコロさんが、生き返る……」
思わず口をついで出たその言葉が、ゆっくりとセレナの耳を通して頭の中に染み込んでいくようだった。
「そのとおりだ! ピッコロが生き返れば、神様も……ということは、ここのドラゴンボールも、復活できるんだ!」
「そ、そいつはすごいわい! こいつはもしかすると、」
「でしょ、でしょ!?」
次第に明るくなっていく空気の中、唯一ブルマだけは冷静だった。
「はぁ……素人は単純でいいわねぇ。そんな夢みたいなこと、できるわけないでしょ。ガックリよ」
「む、ムリですか? ブルマさんでも」
「大体クリリン、そのなんとかって星がどこにあるのか、どうやって知るわけ?」
「あ……」
浮かれるあまり、初歩的なところにあった問題を考えすらしなかった。
それに対し、解決策をあげたのは意外にも悟空だった。任せてくれ、という言葉に下を向いていた顔が上がった。
「界王様、聞いてただろ……? 知ってるかなぁ、その、ナメック星とかって星の場所をさ」
『ナメック星か、もちろん知っておるぞ。なんといってもわしは界王というぐらいだからな』
どこからか老人とも若者とも掴みきれぬ、だが老成した口調の声が頭の中に響く。脳が直接声を受け取っているような奇妙な感覚に戸惑い、ぐるりと周囲を見回せばセレナ以外も驚き、目を丸くしているのが見えた。
しばらく、サイヤ人との戦いについて賞賛の言葉を述べた界王だったが、すぐにナメック星の方位を教えてくれた。
『さてと、お前たち地球の言い方だと、ええと、そうだな……。SU83方位の……9045XY、か』
「きゅ、9045XYですって……!?」
それを聞いたブルマが素っ頓狂な声を上げ、セレナはただでさえ少なくなった血が顔から引いていくのを感じた。
「ブルマさん、その数値って」
もう十年近く前に叩き込んだ知識がおぼろげに蘇った。さすがに細かいところは忘れてしまったが、すくなくともその数値が示す場所が近場ではないのは覚えている。
こわばったセレナの顔を見て、ブルマがこくりとうなずいた。
「ちょっ、ちょっと亀ちゃん! 操縦代わって! 計算するわ」
「か、亀ちゃん……」
亀仙人と操縦を交代し、ブルマはぶつぶつとなにかを呟きながら計算機を叩き始めた。その鬼気迫る様子に、声をかけることは憚られた。
『ただ、ナメック星というのは非常に美しい星だったんじゃが、確かずいぶん前にひどい異常気象で……そのときナメック人たちは死に絶えたと思ったがなぁ。今、星そのものは昔のように戻りつつあるが、果たして生き残った者がいるのかどうか……』
「そ、そんな……」
『まあ、そう慌てるな。ナメック星を調べてみればわかる!』
「な、なるほど……。それで神、いや、やがて神になった一人のナメック星人は地球に逃れてきたわけか。神本人もそのことを忘れていたのは記憶を失ったのか、よほど子供だったのか……。どちらにしても、悲しい過去じゃのう」
カリンの言葉に、次々と頭の中で想像が肥大していく。のちの神は、流れてきた当初は右も左もわからぬ状況だっただろうに、一体どんな気持ちで長い時を過ごしていたのだろうか。ただでさえ一般人とはかけ離れた見た目だ、ましてや、昔なら今よりも強い偏見はあっただろうし、きっとセレナの想像のつかぬような時間を過ごしてきたのだろう。
『なんと、おった、おったぞ! ナメック星人がおった! 僅か百人ばかりだが生き延びて再び繁栄しつつある!!』
「げっ……あ、あんなのが百人もいるだか……?」
「ピッコロさんが百人、」
一体何を想像したのだろうか、ヤジロベーの顔がかすかに青ざめ、セレナの脳裏はニッと好戦的、もしくは嗜虐的な笑みを浮かべたピッコロの姿で埋め尽くされた。
『心配せんでいい、本来ナメック星人というのはとても穏やかな種族だ。お前たち地球の神だったあいつのようにな』
どうやらピッコロの好戦さはナメック星人としてはイレギュラーだったらしい。
『ピッコロ大魔王というのはおそらくあいつが神になる前に出会った地球人たちの邪悪に影響され、生み出されてしまったもんじゃろう』
とにかく、希望の光は少しずつ見えてきた。盛り上がる亀仙人たちをよそに、計算を終えたらしいブルマの「甘い、ぜんっぜん甘いわ!」という声が鋭く響いた。
飛行艇内が一瞬で静まり返る。
「確かに、ナメック星ってとこの場所はわかったわ。でも、どうやって行く気?」
「どうやってって、そりゃ、もちろん宇宙船で……」
「それがまるっきり甘いって言ってるのよ! ためしに父さんが作った世界最高のエンジンを載せた宇宙船で、ナメック星に到着するまでの時間を計算してみたわ。いったいどれぐらいかかると思う?」
とっても素敵な数字が出たわよ、という声とともに、計算機がクリリンの目の前に突きつけられた。表示画面には途方もない数字がずらりと並んでいる。
「4339年と三ヶ月! 長生きしなきゃねえ?」
あまりに大きい数字だっため、頭が認識しきれず、反応が一瞬遅れた。どうにかならねえかな、と悟空が界王に助言を求めるも、これに関してはどうすることも出来ないらしく、ごにょごにょと言いよどむのみ。
そんな中、へへっとクリリンが得意げな笑い声を上げた。
機転の利くクリリンのことだ。きっとなにかいい案があるはずだという期待をこめて、クリリンの次の言葉に耳を澄ます。
「そのことなら、まず大丈夫だと思うけどね。サイヤ人の乗ってきた宇宙船を使わせてもらおうと思うんだよ」
「サイヤ人の? じゃがしかしサイヤ人はそれに乗って逃げたんじゃろう」
「ベジータってやつの宇宙船を見たけど、とても小さくて、どう見ても一人乗りですよ。ということは、死んだもう一人の宇宙船も、きっとどこかにあるはず」
「そ、そうだ……オラの兄貴ってやつが乗ってきたやつも……!」
思わず首を伸ばした悟空は、傷が痛んだのか、わずかに顔をゆがめたあと、「そういやあれは壊しちまったかなぁ、悟飯が……」と一人呟いた。
「でも、とにかく一つはあるわけよね!? それを探して分析すれば、なんとかなるかもよ!」
「たぶん、東の都にあるはずじゃ。サイヤ人に最初に破壊されたところだ」
「へへへ、オレ、そう思って良い物拾ってきたんですよ」
あとで探しに行かねば、という亀仙人に、またもクリリンが得意げな顔をしてなにやら懐をごそごそと探り始めた。これ、と言って見せられたのは、見覚えのある薄型の電子機器。
「ベジータのやつ、確かこいつをピピッとやって宇宙船を呼んだんだと思うんだ。リモコンですよ、きっと!」
「クリリンさん、いつの間にそんなものを……」
すかさずブルマがクリリンの手からそれを奪い取った。握り締めたリモコンもどきを、穴が開きそうなほど見つめるブルマ。
「……んふ、ふふふっ……いける。きっといけるわ!」
にんまりとブルマの目が吊り上がり、発されたその言葉を聞いたとたん、場の雰囲気が瞬時に希望で満ちていくのを感じた。誰かの口から笑みがこぼれ、自然とそれが広がっていく。
「やったやった―――! 希望が見えてきたわ!!」
窓の外に見える地平線からは、まさに見え始めた希望のように輝く朝日が顔を出していた。