32.曖昧な胸のうち
あのあと、病院に運び込まれた一行は即座に治療室行きとなった。途中、部屋の前で待機していたクリリンと悟飯が治療中の悟空の叫び声に怖気づき、逃亡するということがあったものの、数時間もすれば全員治療を終えて包帯と湿布まみれにされていた。
「いやあ、オレと悟飯は三日も入院していればばっちりだってよ。セレナさんはどのくらいだったっけ」
「最低でも四日だって言われました。一応、もう動けるんですけど……」
四日でも相当早いほうらしいが、すでに身体の痛みもほとんど消えている。
早く治れ、早く動け、と心が身体を急かしているのだろう。事実、裕福な家の子供よりも、働き手として必要される貧乏な家の子供のほうが傷の治りが早いというのはよくある話だ。
(いつサイヤ人が来るかわからないし、できるならさっさと病院を出たかったんだけどな……)
特異な見た目をしている以上、覚悟はしていたが、好奇の視線を浴び続けるのに疲弊したのもある。治療費の面倒を見てもらっている手前、脱走するわけにもいかない。
しつこいぐらいに絶対安静の念を押してきた医師の顔を思い出し、げんなりとした表情をしたセレナを見て、悟飯がくすくすと笑った。
「まいったな。こっちは怪我が治るまでは四ヶ月だってさ。それも元通りにはなんねえかもしれねえって」
そう言った悟空は、それこそ顔以外の全身を包帯でぐるぐる巻きにされており、クリリンからは「まるっきりミイラ男だ」と揶揄われていた。
「なぁに、心配には及ばんさ。あと一ヶ月ほどすれば新しい仙豆ができるわい」
「ちっ、オレはあんなどえりゃあ目にあっただに、入院もなしだぜ」
「お前の目的は病院の飯だろ」
文句を垂れるヤジロベーにカリンがそうツッコミを入れる。
「ヤジロベーったらさ、サイヤ人にやられそうになったとき、“ごめんなさい、ボ、ボク、キミを尊敬してるんだわ、仲間にしてちょ……!”なんて言ってたんだぜ」
「お、おみゃあ……何言っとるんだ! あれは奴を油断させるためにだな……」
どっと病室の中が笑いに包まれる。そんななか、バンッと勢いよく病室の扉が開いた。
「ちょっと皆! テレビ見てよテレビ!」
「ブルマさん、」
病室に入ってきたのはブルマ。挨拶もそこそこに、病室にあったテレビをつけると、画面いっぱいにあの丸いポッドが映し出された。
「これ、サイヤ人の……!」
「でしょ!?」
画面の中では、男性アナウンサーが宇宙船についてつらつらと説明を述べている。
「こりゃまずい、すでに学者たちが運び出しておるぞ」
「どうしましょう……」
困り顔の亀仙人とクリリンに、面白いじゃないとブルマが笑った。
「クリリンの拾ってきたこのリモコンを使って、あれをこっちに呼び寄せちゃいましょ!」
「うまくいきますかね?」
「何言ってんのよ、あたしは天才よ? 夕べちゃんと調べてみたんだから」
自信満々なブルマの様子にどことなく不安を覚えるのは考えすぎだろうか、とセレナはリモコンを操作し始めたブルマを見やった。ぴっ、ぴっと電子音が響き、画面の中の宇宙船も反応を示し始める。
次の瞬間。
物凄い爆発音を立てて、宇宙船が爆発した。
「……!?」
画面の中で慌てふためくアナウンサーの声も、動揺するブルマの声もどこか遠くで響いているようにぼんやりしてうまく認識できない。
宇宙船がなければナメック星にはいけない。そうなればもうピッコロを生き返らせることは不可能だ。最後の望みが絶たれてしまい、目の前が真っ暗になったような気がした。
「セレナさ……」
よほどひどい顔をしていたのか、おずおずと悟飯がセレナに声をかけようとしたとき。
「おい」
「んぎゃああッ!?」
ありえない位置から発された低い声に、思わず振り返ったブルマが悲鳴を上げ、尻餅をついた。慌てて目を向けると、窓の外に浮かんだ絨毯と、それに乗った真っ黒な肌をした人物が見えた。ややふっくらとした顔つきに、ちょこんと丸いどんぐり目玉からは何の表情も伺えない。
「ミスターポポ!」
「おす」
喜色を浮かばせて窓に駆け寄ったクリリンに、ミスターポポと呼ばれた人物は僅かに口角を挙げた。
「誰かついてこい。宇宙船ある」
え、という声が全員から洩れた。
「あの人は?」
「ミスターポポって言ってさ、神様の付き人をやってたんだ。今の神様よりもずっとずっと前から神の城にいたんだってよ」
宇宙船がほんとうにあるのか、と身を乗り出したクリリンに、ポポは淡々と説明をした。
それらしきものを発見したが、それが宇宙船なのかポポには判断が付かなかったため、案内するから誰か来て一緒に調べて欲しいという。
「ブルマさん!」
「え、あ、あたし?」
「だって、ブルマさんじゃなきゃ宇宙船のことなんてわからないですよ」
全員に視線を向けられたブルマは、ひくりと口元を引き攣らせた。
「ちょ、ちょっと……その人、なんとなく、目が危なくない……?」
「へ?」
確かにポポのまん丸などんぐり目玉は少々不気味なものを感じなくもないが仮にも神様の付き人に向かってなんてことを、とセレナ自身もそれなりに失礼なことを考えながらブルマを見やった。
少しの間躊躇していたブルマだったが、意を決したように窓から絨毯に乗り込むと、そのまま二人の姿は消えていった。
しばらくして、ポポとともに帰ってきたブルマは興奮も覚めやらぬ様子で、宇宙船について話した。あの宇宙船なら一ヶ月もあればナメック星に行くことが出来るらしい。宇宙船の音声認識システムがナメック語にのみ対応しているため、細々とした改造や修理が必要だが、五日後には出発できる算段だという。
メンバーは必然的にナメック語を短期間で習得でき、且つメカに詳しいブルマ、それから一人で行くのを渋ったブルマが指名したことにより、クリリンも、そしてセレナも当然のように「行くでしょ?」と問われ、ナメック星行きが決まった。
途中、自分も行くと言い出した悟飯と、それを止めるチチがぶつかり合うということがあったが、最終的にチチが折れたことにより、悟飯も同行が決定。
「そうねえ、ナメック語を翻訳機にインプットしなきゃいけないから……じゃあ、十日後にカメハウスで!」
そうブルマが締めくくったことで、とりあえずその場はお開きとなった。
それから数日後。
「セレナー! ここの部品を運び終わったら休憩にしましょ!」
「わかりました」
無事に退院したセレナは、アルバイトという体で宇宙船の整備を手伝いつつ、ブルマの元で居候させてもらうことになった。一年間ずっと修行漬けで、旅に必要なものを買うには少々懐が寂しかったため、ブルマに短期の仕事を紹介してもらおうとしたところ、そのまま雇われる形となったのだ。
「アイスコーヒーでいいかしらー?」
「はーい」
複雑な部品がいくつも入ったダンボール箱を地面に降ろすと、がちゃんと金属が擦れ合う音がした。ふと、ラボの中央にある宇宙船に目をやった。どこか虫を髣髴させるフォルムのそれは、当初苔だらけだったがすでに綺麗にされ、鈍く光を反射している。あと数日もすればこれが宇宙に飛び出すのか、と思うと、不思議な気がした。
「あれ?」
仕事を終え、テラスまで来たセレナは、目の前の光景に首をかしげた。いつも氷をたっぷり入れるブルマにしては珍しく、テーブルの上に並んだグラスには申し訳程度の氷が浮かんでいる。
「もしかして、ブリーフ博士ですか?」
「そ。昨日父さんが氷を補充するの忘れちゃってさ」
昨晩見かけた、氷を大量に持って歩くブリーフ博士の姿が脳裏をよぎった。あの大量の氷は結局何に使ったのか、まったくわからない。はあ、とため息をついたブルマに、セレナはにっこりと笑った。
「氷なら、私出せますよ」
「え?」
ぴ、とカップに向けた指先に気をこめると、透明な氷があっという間に精製され、グラスに落ちてからんと涼しげな音を立てた。ぽかんとしているブルマに「人体に害はないですよ、ここの間ずっと自分で氷を調達してた私が保証します」と付け足せば、呆れたような顔をされた。
「それにしても、自分で氷を出せるなんて便利ねぇ」
「サイヤ人と戦ってる最中、急に使えるようになって」
「へぇ……。でも一体どういう仕組みでこうなってるのかしら」
「まだ使えるようになって数日ですし、わたしもよくわかりません」
持ち上げたグラスに口をつければ、コーヒーの苦味と僅かな酸味、そして上品な香りが口腔内に広がった。
(さすが、いい豆を使ってるだけあるなぁ)
文句のつけようのないその味を堪能していると、ねえ、とブルマが意味深な視線をセレナに投げかけてきた。
「わたし、前からずっと気になってたんだけどさ、結局あんたとピッコロってどんな関係なわけ?」
「どんな関係って……。それ、悟飯くんにも聞かれましたよ」
「そのぐらい気になるってことよ。で、一体どんな関係? 最初あんたは半ば誘拐も同然で連れ去られたって聞いたけど」
「人聞きが悪いですって、ブルマさん。確かにやり方は少し強引でしたけども、私は自分の意思でついていったんですから。私とピッコロさんは、ただの師弟関係ですよ」
もっとも、ピッコロがセレナのことを弟子として見ているのかどうかは定かではないが、と僅かに目を伏せる。
「ほんとに?」
「はい。むしろそれ以外に何があるんですか」
「ただの弟子ってだけ? もっとこう、他にない?」
「他に……うーん……」
「もー! 鈍いわねぇ!」
クッキーを片手ににやにやと笑うブルマ。ブルマが言わんとしていることがわからないほど、セレナも子供ではない。思わず苦笑が洩れそうになるのをなんとか押さえ込む。
「ピッコロとあんた、イイ関係なんじゃないかってあたし思ってたんだけど」
「まさか」
予想通りの言葉を笑って否定したセレナ。
「それは、確かに私にとってとても大事な人ですけど……あの人はそんなことに興味なんてないですし、私ももう26なんですよ? 9歳相手にありえないですって。そもそも小さい頃からずっと一緒なんですから、今更……」
「あら、恋に歳や時間なんて関係ないわよ。それに9歳って言ったってあいつもぱっと見、立派な男じゃないの」
「それはそうですけど、」
「しかもあんた、わたしより年下じゃない。26なんてまだまだ若いわよ」
「あはは……」
でもそう言われたらあいつあんなナリしてもまだ9歳なのよね、そう考えたら笑えてくるわ、とのんきにクッキーを齧るブルマ。
どうもこの手の話題は苦手だ、とセレナは力なく笑う。年頃の頃にこういった話をしてこなかった弊害だろうか、などとぼんやり考えた。
「でもさ、あんた、ないって言ったけど、ナメック星人だからとは言わなかったじゃない。種族の差なんて気にしてないってことじゃない?」
「……」
その問いには応えず、曖昧な笑みを浮かべたままそっと視線を外したセレナだったが、ブルマの視線が逸れることはない。こっそりと本日何度目かのため息をつくと、セレナは静かに口を開いた。
「……私の気持ちがどうであれ、もしピッコロさんが今も私を手元に置きたいと望むなら、私はそれに従うだけです」
ごくりと一口、手元のアイスコーヒーを口に含んで嚥下した。冷たい液体が喉を滑り落ち、同時に頭のどこかにこもっていた熱が少しだけ引いたような気がした。
「まあ、まずは無事にナメック星へ行って、ちゃんと皆を生き返らせなきゃ。話はそれからです」
そう言ってにぱっとおどけたように笑えば、それもそうね、とブルマも明るい笑みを浮かべた。
さー休憩もしたし、作業に戻りましょう、と引っ込んでいくブルマを見送り、いくらか散らかったテーブルの上を片付けにかかる。
その前に少しだけ、そんな関係になったピッコロと自分の姿を思い描いてみたが、やはりどうにもうまく想像できず、自嘲めいた笑みが浮かんだ。
(……何をしているんだろう、私は。バカバカしい)
ひとつ頭を振るとセレナはグラスに残ったコーヒーを一気に飲み干した。氷が融けて薄くなったはずのアイスコーヒーは、なぜか先ほどよりも苦く感じられた。
そして、長いようにも短いようにも思った数日はあっという間に過ぎ、出立の日がやってきた。