33.希望と絶望は綯い交ぜに

 出立予定日の朝。ブルマよりも先にカプセルコーポレーションを出たセレナは、カメハウスに行く前にある場所へ向かった。
 それなりに年季が入り、古ぼけた印象を与えるがしっかりと掃除された店の戸をくぐる。

「すみません、注文したものを受け取りに来たセレナですが」
「ああ、ありがとうございます。こちらです」

 差し出された袋を受け取り、ちらりと中を覗いたセレナは満足げな笑みを浮かべると、ぺこりと頭を下げ、カメハウスに向かって飛び立った。

 南エリアの大半の面積を占める海を越えると、小さな島が目に入った。小さな家の横にはあの宇宙船が鎮座しており、すでにクリリンとブルマが到着しているのがわかった。

「セレナさん」
「お待たせしました。あとは……」
「悟飯くんだけ。病院で孫君に挨拶してから来るんだと」

 どこか刺々しい態度のブルマに、あれ、と思わずセレナは首をかしげた。

(ブルマさん、朝はこんな不機嫌じゃなかったと思うんだけど、)

 ちらりとクリリンを見ると、宇宙へ行くにしては軽い旅装。荷物も大きめのかばんがひとつとずいぶん少ない。その点ブルマはオーダーメイドであろう宇宙服に身を包み、邪魔になるからと長かった髪もばっさりと切られてしまっている。
 わかりやすいぐらいの温度差に、ブルマが不機嫌になった理由を察したセレナは乾いた笑みを洩らす。かくいうセレナもかなりラフな格好だ。飛び火を喰らわぬよう、そっと距離をとったセレナは、大人しく悟飯を待つことにした。

 そうこうしているうちに、ブゥウンとエンジンの音を響かせてエアカーが砂浜に止まった。先に降りてきた牛魔王が、大げさなまでの荷物を次々と運び出していく。

「はは……、」

 こちらはこちらで色々と凄まじい。そして、チチに続いて、顔を出した悟飯を見るや否や、その場にいた全員が目を丸くした。

「悟飯くん、その頭……」
「お父さんにも笑われました……」

 恥ずかしいのだろう、顔を俯かせて直立したままの悟飯の髪は見事なまでの坊ちゃん刈りになっていた。つい先日会ったときは、まだ修行で伸びた髪をそのままにしていたというのに。

「さ、早速行きましょうか……。なんか、疲れちゃった」

 拍子抜けした様子でそう言ったブルマの声に従い、荷物を持って宇宙船の下に集まった。

「『ピッコロ』」

 低くブルマが合言葉を呟くと、宇宙船の丸い形をしたハッチが降りてきた。ピッコロというのは、本来ナメック語で違う世界を表す言葉だという。ピッコロの父に当たる、ピッコロ大魔王は当時自分が異星人であることを知らなかったはずなのに、何故自らを「違う世界の大魔王」と称したのだろうか。
 静かにそんなことを考えるセレナの前で、ハッチが動きを止めた。

 全員が乗り込み、再びブルマが合言葉を口にすると、音もなくハッチが閉まった。しげしげと物珍しげにクリリンと悟飯が周囲を見回す。

「へえ、これが神様が乗ってきた宇宙船か。あ、ブルマさん、かばん、どこに置いたらいいっすかね?」
「その辺に適当に置いときゃいいでしょ! 早く座りなさいよ!」

 ブルマの機嫌は直るどころか、絶賛急降下中だ。まだ全員が座席に着かないうちに、ブルマはつかつかと操縦席まで近づくと、宇宙船を起動させた。

「出発五秒前! 目的地、ナメック星!」

 間髪いれず、操作画面のディスプレイにOKの文字が表示された。それを見たセレナはひぇ、と顔を引き攣らせ、わたわたと慌てて座席にしがみつく。荷物を移動させるどころか、座りなおしてシートベルトを締める余裕もない。すぐに宇宙船全体がガタガタと揺れだし、強烈な重力が体中にかかりはじめた。

「ちょ、ちょちょちょっとブルマさん!! まだ席についてな、」
「うわわわ……!」

 後部座席でクリリンと悟飯が騒いでいるが、ブルマはお構いなしで前を見つめている。
 そうして、しばらくの間シートベルトを握り締め、重力に耐えていたが、すぐに振動も止み、静かになった。

「もう好きにして良いわよ。大気圏を抜けたらあとは静かなもんよ」
「あれっ、もう?」
「地球、見たかったなぁ……」

 ぺたりと窓に張り付き、しみじみとそう呟いた悟飯には目もくれず、席を立ってむすっとしたままブルマは奥の扉へ向かっていく。

「あれ、ブルマさんどこ行くんすか?」
「うるさいわね、着替えるのよ!」
「着替えるって、パジャマに?」

 もう寝るの、と見当違いなクリリンの声にブルマの顔がより一層苛立たしげに歪む。

(クリリンさんっ!)

 今にも雷が落ちてきそうな状況に、セレナは内心冷や汗をかいていたが、ブルマはふんと荒く鼻息をつくだけに留めると、乱暴に扉を閉めた。

「……ブルマさん、何怒ってたんだろう」
「さあ……」

 勢いよく閉じられた扉をクリリンと悟飯は不思議そうに見ている。

「どうでもいいけどよ、悟飯おまえその七五三みたいな格好はどうにかなんないのか」
「最初だけです。ボク、お母さんに内緒で作ってきた服があるんです」

 そう言って荷物を降ろすなり、悟飯はいきなり服を脱ぎ始めた。五歳児相手とはいえ、あまり着替えをまじまじと見つめるのも変なので、顔を背け、衣擦れの音が聞こえなくなるのを待ってから、もう一度顔を向ける。
 へへ、どう?と得意げに笑う悟飯が纏っていたのは見覚えのある配色のもの。帯の色やマントの有無という違いはあれど、特徴的な首元のふわふわとした布までピッコロの道着とそっくりだった。

「うーん、悟飯くんとおんなじこと考えてましたねぇ」
「あっ、じゃあセレナさんも?」

 ぱっと目を輝かせる悟飯の前で、セレナは先ほど受け取ったばかりの袋から中身を取り出して見せた。中身はやはり似たような道着と靴、そしてリストバンド。悟飯のものとはちがい、こちらは首元の布がない代わりに黒いアンダーシャツがある。ピッコロが用意してくれたものは先の戦いでボロボロになってしまったため、これも一緒に追加注文したものだ。

「おまえたち、本当にピッコロを尊敬してんだなぁ……」
「はい、お父さんと同じぐらい!」
「お師匠様ですから」

 にこにこと微笑んでいると、背後でバンっと音がして、扉が開いた。先ほどよりは身軽そうな服を纏って出てきたブルマは先ほどよりは落ち着いたようだが、未だ仏頂面だ。

「セレナ、あんたも着替えるんでしょ。部屋空いたからさっさと着替えてらっしゃい」
「あ、はいっ」

 手早く荷物を手に取り、慌てて部屋に飛び込んだ。扉の向こうからなにやら自棄になったらしいブルマの笑い声が聞こえてきたが、気にしないことにした。


 往復で二ヶ月、つまりこの宇宙船の中に缶詰めになるわけだが、もちろんセレナは何もしないでいるつもりはなかった。いつかは再戦しなければいけないサイヤ人のことを考えると、少しの時間も無駄にはできない。狭い宇宙船の中ではできることは限られるが、修行すること自体は出来るのだ。

 幸い、悟飯もクリリンも同じ考えだったようで、着替えを終える前からすでに大きくなった彼らの気がぶつかり合っているのがわかった。一体どんな修行をしているのかと思いきや、部屋を出たセレナの目に入ったのは座禅を組んだまま目を閉じて向かい合っているクリリンと悟飯。

「イメージトレーニングだってさ。やっと戦いが終わったってのに、よくやるわねぇ」
「イメージトレーニング……?」

 拍子抜けしたようにその場に立っていたセレナの後ろであきれたようにブルマがそう零した。

「……」

 向かい合ったまま、微動だにしないが、二人の顔からは先ほどよりも余裕といったものが消えかかっている。さらにもう数分もすれば集中力が切れたのか、二人とも同時に糸が切れたように座禅を崩し、大きく息をついた。

「ッはぁ……。やるなぁ、悟空の血を引いてピッコロに特訓してもらったんだもんなぁ。やっぱり強いよ、お前は」
「でも、クリリンさんの技の多さにはビックリしました。……あ、セレナさん」
「イメージトレーニング、をしてたんですか?」
「ああ。セレナさんもやってみるか?」
「ぜひ」

 悟飯がわずかに身体をずらして開けてくれた場所に座り、二人に習って座禅を組む。

「あまり力まないで、気だけで模擬的な訓練をするんだ」

 目を閉じ、気を練り始めたそばから、クリリンが殴りかかってくる気配を感じた。

「!」

 思わずセレナは閉じていた目を開き、目の前にいるクリリンを見た。同じく座禅を組んで座るクリリンは目こそ閉じたままだったが、得意げな笑みを口許に浮かべている。
 なんてことはない、クリリンの気に圧倒されただけだ。気を取り直し、今度はあまり時間をかけずに気を練り、再びイメージトレーニングに挑んだ。

 元から気のコントロールは得意な部類であったため、十分ほどもすればクリリンや悟飯たちと同等のレベルでトレーニングが出来るようになっていった。
 ナメック星までの約一ヶ月はイメージトレーニングのほか、入院中に落ちた筋力や鈍った勘を取り戻すために筋トレや軽い組み手、またときおり悟飯の勉強の面倒を見たりしているうちにあっという間に過ぎていく。


 そして、到着する日の朝。
 不意にがばりと身を起こしたセレナは、言いようのない感覚に眉根を寄せた。

(なんだか、すごく嫌な夢を見ていたような気がする……)

 戦闘時でもないのに、ドッドッドッ……と心臓が早鐘を打ち、口の中はカラカラに乾いている。じっとりと額や背に滲んだ汗が酷く不快だった。
 気を紛らわそうと傍らを見れば、起きるにはまだ早い時刻を指す時計が、少し視線をずらせば未だすやすやと夢の中にいるブルマが目に入った。

(嫌だな、今日はナメック星に到着する予定なのに)

 ここのところ、眠りが浅くなっている自覚はあるが、今日はまた一段とひどい。なんとも幸先の悪い一日の始まりだと小さくため息を吐いた。ピッコロをはじめ、戦死した皆を生き返らせられるかどうかは自分たちにかかっているのだから、しっかりしなければ、とセレナは手のひらを握り締める。
 まだ起きるには早いが、かといってもう一度眠る気にもなれず、ブルマを起こさぬようにそっと布団を抜け出した。

 身支度を済ませて部屋を出ると、当たり前のように人の気配はせず、明かりもついていなかった。まだ暗い部屋の隅で座禅を組み、瞑想を続けて数時間。他の皆が起き出し、さらにもう数時間後には窓の外にナメック星が見えるまでになっていた。

「あれがナメック星……」
「いいから早く席について、ベルトを締めて。着陸するときに結構衝撃が来るわよ!」

 適性する地形に着陸用意、というブルマの声が響き、宇宙船は緑色に輝く星へと吸い込まれるように降りていく。凄まじい重力が体中にかかるのを感じると同時に、どきどきと胸が高鳴る。やがてごうごうと宇宙船を揺らす振動はひときわ大きくなったかと思うと、重たい音を立てて、ナメック星に着陸した。

「待ってて、今大気の成分を調べるわ。ちゃんとセンサーを取り付けておいたの、用意が良いでしょう? ある程度酸素があればラッキーなんだけど……」

 ブルマの声をよそに、セレナはベルトを外してそっと窓に近づいた。窓から見える草や木々は地球のものとは色素の成分が違うのか、緑色ではなく、深い青色だ。反対に空や海の色は鮮やかな緑色をしている。

(色彩は違うけど、どことなく既視感を覚える風景だなぁ……)

 首をかしげたセレナだったが、窓の外を眺めるうちに目に入ったものに思わず「あ、」と声を洩らした。

「大気マスクも持ってきてるけど時間が限られちゃうのよね〜。ナメック星人たちが住んでいるとはいえ、一応安全かどうかを確認しなきゃ……」
「あの、ブルマさん……二人とももう既に外に出ています……」
「へっ!?」

 計測装置を起動させていたブルマが間の抜けた声を上げるなり、ひっくり返った。ひとつ、苦笑いを零しながら、セレナも外に出る。

「ここ、ピッコロさんがボクに修行をつけてくれたところと似てる」
「ああ、最初にサイヤ人と戦ったところだろ? 本能的に、故郷に似たところが落ち着くんだろうな」

 ぽつりと呟いた悟飯に、クリリンがそう返す。既視感の正体はこれか、とゆっくり辺りを見回すセレナ。悟飯と修行をした場所だけでなく、これまで彼と一緒に旅をしていたときにも、よくこういった場所を好んで通っていたことを思い出した。

「なんであんた達いきなり外に出ちゃうわけ!!? まったく、常識ってものがないのね、バカッ!」

 ふんすと鼻息荒く宇宙船を出てくるなり、ブルマがそう怒鳴った。おっかないなぁ、とクリリンが眉を下げたが、こればっかりはセレナにも援護できない。
 ひとしきり怒鳴り終え、気が済んだのかブルマはドラゴンレーダーを取り出し、ボタンを押した。ピッ、ピッという甲高い電子音が継続的に発され、液晶にいくつかの丸い点が表示される。

「見て! 反応があるわ!」
「やったぁ!」

 歓声を上げるブルマたちを他所に、静かに気を探っていたセレナと悟飯は、不意に感じとった違和感に眉をひそめた。

「悟飯くん」
「はい、セレナさん……。あっちのほうから、強い気を感じます」
「それも一つや二つではないようですね」
「どうしたんだ、二人とも?」

 怪訝な顔を向けたクリリンに、感じた気のことを伝えると、彼も同じく表情を険しくさせた。

「ほんとだ、すごい気ばかりだ。どういうことだ……?」
「……なんだか、邪悪な感じの気ですね」

 気が強いこと自体は別に構わないのだが、問題は気の質だ。感じる気はどこか粘ついていて、あまり良い印象を抱けるものではない。

「なーに言ってんのよ、きっとナメック星人に決まってるじゃない! 神様やピッコロがあんなに強かったのよ、本場のナメック星人が強いのは当たり前でしょ」
「……そっか、そうだよな。ナメック星人だよ、きっと。ビビって損しちゃったな」

 明るく笑うブルマたちだったが、それでもセレナは不信感を拭いきれず、気を感じた方向に目を向け続ける。界王の話では、本来ナメック星人は穏やかな種族だという。それがこんな気を発するものだろうか。

(何か変だな……)

 ふと、何気なく見上げた上空で、何かが線を描いて落ちてきた。嫌味なほど見覚えのあるそれは、耳をつんざくような音を立ててまっすぐ地上へ向かっていく。

「サイヤ人の宇宙船だ!!」

 その場にいた全員の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「皆、気を消せ!! 悟られるぞ!」

 クリリンの声に慌てて気を消すセレナと悟飯。

「ベ、ベジータだ……あいつしかいない……っ!」

 ちくしょう、とクリリンが苛立たしげに被っていたキャップを地面に投げつけた。
 地球でのことを思い返せば、確かにベジータもドラゴンボールに執着していた。ここで引き返せばまずベジータと戦うことはないだろう。だが、ドラゴンボールは確実にベジータの手に渡る。一体何を願うのかは知らないが、どうせ碌なことではないと歯をかみ締める。

(いつかはまた戦わなければいけないとは思っていたけれど、)

 まさかこんなにも早くそのときがやってくるとは思わなかった。力任せに噛んだ歯がぎりぎりと小さく耳障りな音を立てた。

(ピッコロさん……)

 思わず、ここにはいない彼の名に縋りつく。ひとつ、吸い込んだ空気は、憎らしいほど甘やかで澄んでいた。



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