6.嵐の前日と、始まった運命の日
ピッコロに抱え上げられながら舞空術でで移動すること数時間。移動中からぱらぱらと降り始めていた雨だったが、なんとか本降りになる前に到着できた。
街から少し離れたところに下りて、そのまま歩きだそうとするピッコロの背に慌ててセレナは声をかけた。
「あ、ピッコロさんそのまま出ていったらたぶん直ぐにピッコロ大魔王だとバレちゃいますよ」
「む……それはまずいな」
ぴたりと立ち止まったピッコロはあごに手を当てて考え込む。
「マントとか、帽子みたいなので触角を隠してあんまり肌を露出しなければ大丈夫じゃないですかね」
とセレナが言ってみると、すぐにピッコロは白いターバンとマントを身に纏った。つくづく便利な力だなぁと風に揺れるマントを見ながらセレナは思う。
こうしてみると少々顔色の悪いお兄さんぐらいにしか見えない。
似合ってますよ、と微笑んだセレナに、若干居心地の悪そうな顔をしたピッコロは、くるりと背を向けるとすたすたと歩き出した。
そんなピッコロにくすりと笑みを零すと、セレナはそのあとをついて歩き出した。
本降りになってきたにも関わらず、武道会場周辺はたくさんの人で賑わっている。くるくると傘を回しながら歩くセレナの前のピッコロがしかめっ面をしているのが容易に想像できた。
そしてピッコロが選手受付を済ませるのを傍らでそっと見守っていたセレナはマジュニア、と書かれた志願者リストにひっそりと唇の端を緩ませた。
(大魔王の子供だからマジュニア、とか?)
なんとも彼らしいネーミングに頬を緩ませていると、行くぞ、という声とともにすぐ横にいたピッコロが遠ざかるのを感じて、慌ててセレナは後を追った。
天下一武道会を明日に控えた状況で、宿を探すのは予想以上に大変だった。どこも満室で、しばらく街中を歩きまわることになった。
セレナ自身は別にいつも通りの野宿でも構わなかったのだが、この辺りは野宿には適さないとピッコロに一蹴りされて宿探しのために傘を差して歩き続けた。
オレは構わんが貴様のような貧弱な人間は直ぐに体調を崩すだろう、明日は記念すべき日になるのだから体調を崩すなど許さんぞ、と言うピッコロの顔が脳裏に浮かんだ。
(まったく、本当に優しいんだかそうでないのかわからない人)
最終的になんとか宿は取れたが、久しぶりの人混みで思っていたよりも疲れていたようで、ピッコロがいつも通り部屋の隅で胡座をかいて目を閉じるのを見届けると、セレナもベッドにもぐり込むなり泥のように眠ってしまった。
そして次の朝。
いつもの習慣で日が昇ると同時に目を覚ます。普段はそれほど寝起きがいいほうではないのだが、今日のことを考えるとぼんやりしてはいられない、と眠い目を擦りつつ身支度を済ませた。
「オレは先に予選に行く。本戦までまだかなり時間があるが、くれぐれも遅れるな」
と言い残して窓から飛び去って行ったピッコロに苦笑をしつつ、ルームサービスをしっかり堪能してからチェックアウトをした。
……久しぶりのまともな食事に思わず頬が緩んだのはしかたあるまい。
ホテルを出て武道会場へ向かう途中、人のよさそうな笑みを浮かべた中年男性とすれ違う。目が合えば軽く会釈して通り過ぎる、はずだった。
「……なぜ、すべてを捨ててまであのピッコロについていったのだ。奴の目的などとうに知っておるというのに」
ぼそりとつぶやくように言われた内容にセレナは思わず振り返り、その背を凝視した。男は立ち止まったまま、体ごと振り返りはせず、目線だけをセレナに向けている。
この男が孫悟空か、と一瞬考えたがピッコロの話では当時少年だったはずだ、とその考えを振り払った。
どちらにせよ、すべてを見透かしたようなその口ぶりに、不快感を覚えたのは確かだ。
ぐっと唾を飲み込むと、うっすらと唇の端を持ち上げた。
「確かにあの人がきっかけです。強引な方法だったということも否定しません。でも、私は自分の意思であの人についていくと決めたんです」
三年間、逃げ出そうと思えば逃げ出せるような隙は正直いくらでもあった。それをあえてしなかったのは自分の意思だ。
では、お先に失礼しますとひと声かけると、セレナは男に背を向けて歩き出した。
武道会までまだ時間があるようだったから、あちこちでぶらぶらと歩いて時間を潰すセレナの心中は荒れていた。らしくもない、と嘲笑の念が浮かぶが、それでも先程感じた不快感は胸に残って離れない。
ピッコロからある程度の事情は聞いていたが、あれは一体誰だったのだろうか、と苛立ちを誤魔化すように思考を巡らせているうちに、気づけば開始時間はもうすぐそこまで迫っていた。
慌てて武道会場に向かうも、すでに塀の前は人で溢れかえっていた。
(……バカだなぁ)
なんてため息をひとつこぼしたところで、銃声が聞こえた。
一度ならず、連続して鳴らされるそれは目の前の集団から発せられている。発砲しているらしい女性の後ろに続く一団を見て、苦笑いをひとつ溢した。
と、そのとき。水色の髪の女性の耳元から何かがころりと落ちて転がってきた。
拾い上げてみるとそれはかわいらしいピンク色のピアス。どうやら落とした女性は気づいていないらしく、あわてて後を追った。
意図せず集団の後に続く形となってしまったが、しかたない。
「あの、これ落としましたよ」
とんとんと女性の肩をたたき、手に乗せたピアスを差し出す。一瞬驚いた顔はされたが、すぐに笑って受け取ってくれた。
「あら、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
どん、と太鼓の音が重々しく響いた。はっとセレナも水色の髪の女性も思わずそちらを向く。
太鼓の音は続けて鳴り響き、次第に早く重なっていき……そして銅羅の音が空気を揺らした。
「ただいまより!第二十三回天下一武道会を初めます!!」
ついに、運命の日が始まった。