8.竜虎相搏つ

 そんなセレナの気持ちを嘲笑うかのように、あっという間に時間は過ぎ、決勝戦が始まった。
 リングアナウンサーの開始の合図とともに、マントを脱いでターバンと道着姿になったピッコロと悟空がぶつかり合う。

 とんでもない速さで繰り出される攻防はセレナの目には見えない。それでも、びりびりと張り詰める空気、拳や蹴りがぶつけられる音が絶え間なく響く様に、戦いに参加しているわけでもないのにセレナの心臓は胸骨にぶち当たらんばかりにどくどくと脈打つ。

 そして。
 悟空の放ったかめはめ波がピッコロを飲み込んだ。
 青白い光があたりを包み込み、セレナもまぶしさで咄嗟にぎゅっと目を閉じ、手で顔を覆った。

 霧が晴れた先に目に入ったのは、全壊した武道館と、かめはめ波を撃ったときの姿勢そのままの悟空。それから、道着をぼろぼろにしながらも何とか耐えしのぎ、額にいくつもの青筋を浮かべているピッコロの姿だった。
 顕わになった特徴的な触覚や肌に拙い、と塀のふちを握る手に力をこめる。

(ピッコロさんの正体がばれる……!!)

 予想通り、ざわざわと観衆が騒ぎ始めた。近くにいた金髪の女性の「ピッコロ大魔王に似ている」という言葉を皮切りにざわめきの声が大きくなった。あちらこちらからピッコロ大魔王の名が聞こえてくる。

「似てて当たり前だ!! このオレはピッコロ大魔王の生まれ変わりだ!」

 騒々しさに耐えかねたのか、発せられたピッコロの怒号に辺り一帯の空気が凍りついた。辺りを見渡せば目に入るのはさっと顔を青ざめさせる者、目を飛び出さんばかりに見開く者、震えだす者……。

「世界中に知らせておけ……! 孫悟空の息の根を止めた後、再び貴様らの王になってやる!!」

 ピッコロ様の天下が蘇るのだ、という声と高笑いをバックミュージックにして、観客たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していき、瞬く間に会場周辺は阿鼻叫喚となった。

 一気にがらんとした観客席に残ったのはセレナを除いてたったの四人。怯えながらもわざわざ悟空一行の間に割り込んで実況を続けるリングアナウンサーに水色の髪の女性が「プロね……」とつぶやいたところで、セレナの存在に気づいた。

「あら?あんたさっきの……」

 どうやらセレナが隣にいたことを忘れていたようだ。逃げなくていいのか、と問う彼女にセレナは軽く首を振って答えた。

「逃げませんよ、同伴者と悟空さんの試合を見るために来たんですから」

「は、え、同伴者って……」

 三人の驚いたような視線がセレナに集まる。と、そこで悟空の声がこちらに向けられた。

「みんなも少しはなれててくれ! そのほうがオラも戦いやすい」

 天津飯たちのところへ行こうぜ、という金髪の女性の声とともに武道館側へ歩いていく一行を見送ろうとしていたら、がし、と手をつかまれた。掴んだ手の持ち主は水色の髪の女性。

「え、ちょ、」
「なにぼさっとしてんのよ、こっちは危ないから行くわよ!」
「でも、私、」
「いいから!ここで死なれたら目覚め悪いし!」

 女性にしては驚くほど強い力で武道館のほうへ引っ張られていくセレナ。途中、ちらりとピッコロのほうへ視線を向けたが、目が合うことはなかった。
 アナウンサー含めて全員が武道館へ移動したのを確認し、試合が再開された。山のような巨躯に変化したピッコロと悟空の攻防を手に汗握りながら見つめ続ける。

 そして、ピッコロの口から吐き出された悟空が、何かを天津飯に投げ渡した。ぱし、と受け取ったそれは白色の瓶。ふたを開けるとなんともいえない色の煙とともに、あのピッコロ大魔王そっくりの姿をした老人が飛び出てきた。

 神様ですな、という問いに頷くのをみて、ちらりとそちらに目をやった。

(あれが、神様……。そっか、今朝のあれは実際に知っていたから……)

 そこまで考えたところでピッコロと悟空の声が耳に入り、あわてて武舞台に目を戻した。さっきよりも大きく響く打撃音から、より苛烈な攻防が繰り広げられていることが察せられる。傷だらけになっていく互いの姿に、つきりと胸が痛んだ。

「ゆ、許せんぞ……こ、このオレを、ここまで追い詰めるとは……! ピッコロ大魔王様の……最後の賭けを受けてみるが良い……!!」

 ついに、怒りが頂点に達したのだろうピッコロが技を放つための準備を始めた。

(まずい……ピッコロさん、この島諸共吹き飛ばすつもりじゃ、)

 修行の旅に付き添っている間、セレナは一度だけこの技を見たことがある。といっても技そのものを見たわけではなく、技を編み出した跡地を見ただけであったが、そのときもすさまじい破壊力で辺り一帯が荒地になり、言葉もなく立ち尽くしたのを覚えている。
 武舞台に目を凝らせば、とんでもないエネルギーで周囲の景色が揺らめいているようにすら見えた。
 武道などしたこともないセレナですら感じ取れるのだから、他の人たちにはさらにとんでもないエネルギーが感じられるのだろう。

 機転を利かせた天津飯の気功砲により作られた一時的なシェルターにみんなが逃げ込んでいく。

「ほら、てめぇもなにやってるんだよ、早く入りやがれ!」
「え、あっ、」

 どうすべきかと視線をあちこちに走らせていたセレナも金髪の女性に引っ張り込まれた。
 セレナの体がシェルターの中に納まった次の瞬間。

 爆風が吹き荒れ、すべてが真っ白に染まり、何もわからなくなった。



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