9.決着のとき
光が薄れ、土煙が散ったとき、あたりには何もなかった。
風の音以外は何も聞こえない。
その静寂を破ったのはクリリンだった。
「悟空!」とうれしそうに名を呼ぶクリリンの声に、全員の視線が悟空に集まる。
細かな傷をあちこちに増やしながらも、悟空はしっかりと立っていた。
莫迦な、とうろたえるピッコロに今度は悟空の攻撃が降り注ぐ。
セレナは瓦礫を押しのけ、慌てて穴から這い出て武舞台のそばに近寄った。悟空の攻撃を受け止めるでもなく、かわすでもなく浴び続けるピッコロの姿を目にして、思わず息を詰まらせた。
地面に倒れ伏したピッコロに、容赦のない悟空のかめはめ波が迫る。
轟音を立てて、地面が揺れた。
まばゆいほどの白が消えた後には、クレーターのできた地面と、体が半分埋まった状態でダウンしているピッコロ。
ひゅ、と空気の塊を吸い込んだ喉が音を立てた。
悟空たちの勝利を喜ぶ声と、リングアナウンサーのカウントをとる声がどこか遠くから聞こえてくる。
いくつもの声が重なり、聞こえるそれはどこか現実味がない。
あたまがぼんやりとしてうまくものをかんがえられない。
──ファイブ、
どうして、いまきづいたんだろう。
──シックス、
おねがい。
──セブン、
もううごかないで。
──エイト、
しなないで。
──ナイン、
いきてさえいれば……、
その瞬間。
ばっと起き上がったピッコロの口から発せられた光が、悟空の胸を貫いた。
思わぬ展開に全員が息を呑む。
貫通した衝撃で浮いた悟空の体が、どさりと地面に落ちた。リングアナウンサーが溢れ出る血に引きつった悲鳴を上げて後ずさりとする中、少し遅れて悟空の声にならない絶叫が響き渡る。
どくどくと心臓の鼓動にあわせて吹き出す大量の血も、傷口から覗く肉の生々しさも、激痛に悶える苦しげな声も。
まるで夢でも見ているかのようで、色味が感じられない。
はっ、はっ、とセレナの口から短く息が零れた。
ふらふらになりながらもピッコロが悟空に近づいていく。
「ピッコロ大魔王の敵は! ピッコロ大魔王が討つ!!」
傷口を踏みつけ、悟空を痛めつけるピッコロに、天津飯たちが駆け寄ろうと動くも、牽制をかけられ動くに動けない。
両足を折られ、左腕を潰され、すさまじい絶叫を上げる悟空から、思わず目を反らしたくなる。
やめてくれ、だれかどうにかしてくれ、と叫ぶチチたちの悲痛な声が頭を揺らす。
生々しい光景に胃酸がせり上がってくるのを堪えながら、目を反らさず、黙ってピッコロの行動を見続ける。涙が浮かび、零れそうになるたびに何度も瞬きをして泣かぬように努めた。
やがて、ピッコロはトドメを刺すために、ふわりと浮き上がった。バチバチと掌から火花を散らし、ピッコロの体がゆっくりと上昇していく。
そして、まっすぐに放たれた青い光が、地面に叩きつけられた。
巨大なきのこ雲がたちのぼり、地面が揺れる。
舞い上がった土煙が散って視界がクリアになる。悟空の姿は、どこにもなかった。
「粉々になりおった……。いくら神龍と言えどもこれでは復活させられまい!」
勝利を確信し、喜色を浮かばせるピッコロ。さめざめと泣くチチの声がセレナの耳に木霊する。
「泣かずともよい。すぐに貴様らも始末してやる……あの世で孫悟空と対面するんだな」
残虐な笑みを浮かべ、ピッコロがクリリンたちと向かい合う。殺意に満ちたその目がセレナに向かうことはなかったが、それでも胸をえぐるような痛みは消えなかった。
険しい顔で身構えていたクリリンだったが、ピッコロの背後に何を見つけたのか、その表情が驚きに変わった。
「あれ、ひょっとして……」
クリリンの指したほうを見ると、はるか上空から、流れ出る血を気にもせず、飛んでくる悟空が目に入る。
「やっぱり! 悟空だッ!」
「なんとっ!?」
一直線にピッコロに向かう悟空。
「あ、あれは……武空術だ!!」
「なッ、!?」
ピッコロが振り返ったときにはすでに目の前まで来ていた。
「おまえの負けだァーーーッ!!」
悟空の渾身の体当たりがピッコロに直撃した。絶叫しながらピッコロの体が大きく弾き飛ばされ、背中から地面に落ちた。少し遅れて悟空の体もどさりと音を立てて落ちた。
両者とも起き上がる様子はなく、小さく痙攣しながら倒れているピッコロを恐る恐る伺うリングアナウンサー。
審判のおっちゃん、と悟空に呼びかけられ、リングアナウンサーは戸惑いながらも元の形など見る影もない武舞台の場外を確認すると……高らかに悟空の優勝を宣言した。