ぺち、と痛くもないだろうに私の弾いた場所を手で擦りながら唇を尖らせるルフィに笑う。おねだりを聞いてあげるのは三回に一回だけ。ナミちゃんに一緒に怒られてあげるのもほどほどに。キャプテンというより子どもとの触れ合いのようなマイルールを掲げてるのを知らないルフィはなんでだよォ、としょげていてその姿がまた三十億の値段をかけられた人間とはとても思えなくて頬が緩む。
「うぐぐぐ、……」
地団駄を踏みそうなルフィを見つめて笑みが溢れる。
「なあ、どうしてもダメか?」
「駄目」
ルフィだってお小遣いの使い方はいい加減学ばないと。
「……昼メシ食べたか?」
「? まだだよ」
「……代わりに、昼メシ、奢るから、アレ買ってくれ」
「? お金あるなら自分で買えばいいじゃない」
お昼ご飯とあのお菓子の山なら、お昼ご飯の方がルフィにとって腹持ちはいいだろうし、私に奢るくらいならそのお金で買えばいいのに。わけのわからないことを言うのは常日頃のことだけど、こんなふうにわけのわからないルフィは初めてで首を傾げる。それに、物々交換になるとはいえ、あのルフィが人にご飯を奢ってあげようだなんてことを口にするのがおかしくて額に手を伸ばす。うん、子ども体温であったかいけど、熱はない。なんだよ、と唇を尖らせて拗ねたままのルフィがちえっ、と舌打ちをしたのが聞こえた。
「……お前に買ってほしいんだ、アレ」
「? どうしてそんな変な買い方しようとするの?」
「………………うううう、」
普通に買えば良いじゃない、と至極真っ当だろう疑問を口にすればまたもごもごと口篭って唸る。
「にいちゃん、ズルはいけねェな」
上から降ってきた声に思わず顔を上げた。二階の窓際で煙を燻らせていた年嵩の男の人がどこかにやにやとルフィと私を見下ろしていて一瞬だけ警戒した。私たちのことを知ってるのかもしれない、と思ったけれど、この島の住人はほんの少し平和ボケしているのか海賊に詳しくないらしかった。ただの若者二人ににやにやと声をかけてくる、寧ろそっちの方が不審者の男の人に眉を顰めてかけられた言葉を頭の中で繰り返す。ズルはいけねェな。にいちゃん、と言われたからにはルフィに向けられた言葉で、だけどルフィにズルなんて言葉は似合わない。だから、意味がわからなかった。ルフィもきっと不思議そうにしてるだろうな、と男の人から視線を戻せば嘘の吐けないルフィのわかりやすいくらい動揺した表情に瞬く。
「いや、えと、おいおっさん! 余計なこと言うなよ!」
最初は誤魔化そうとしていたのにやっぱり嘘の吐けないルフィが逆ギレをして、その言葉にルフィにズルをしている自覚があることがわかって余計に驚く。
「ズルしようとするから駄目なんだよ」
「ううううるせェな!」
「ルフィ、ズルしてるの? 奢るからってのは嘘ってこと? どっちにしろ買わないけど」
「おれは嘘吐かねェ!」
おじさんに逆ギレしてる熱量のまま言葉を投げられて首を傾げる。普段ならそうだね、と納得してあげられるけど、あんなにわかりやすく動揺したルフィを見た後だから信じられない。ルフィもそれを自覚してるのか瞬時にしおしおと萎んでおじさんにきゃんきゃん吠えるのすらやめてしまった。また黙り込んだルフィに困って、何かを知っているらしいおじさんに視線を向ける。相変わらずにやにや私たちを見下ろしていて何がしたいのかわからない。
「ねえちゃんも、にいちゃんのこと嫌いじゃないんなら今日くらいは買ってやんな。別に減るもんじゃねェから」
「? お金は減ります」
にやにやしながら言われた提案に首を傾げる。ズルをしているらしいルフィを咎めるつもりでつついたと思ったのに、ルフィの味方をするおじさんに思わず何も考えないで浮かんだ言葉を返してだははと笑われる。でもだって、減らないって言われてもお金は減るし……。ルフィのこと嫌いなんかじゃないけど、あんまり甘やかすのもルフィのためにはならないし。
「ズルするからバチが当たったんだよ」
吸い終えたのかへらへら笑いながら窓を閉めて部屋に引っ込んでしまって疑問だけを置いていったおじさんに瞬いた。
「ルフィ、」
「……ズルした、ごめんなさい」
視線を戻した瞬間、項垂れるようにぺこ、と頭を下げるルフィに驚く。
「おれな、……お前にアレ買って欲しかったんだ」
「うん、それはもう何度も聞いたよ」
さっきの威勢はどこにいったのか、しょんぼりしたルフィと目が合って買わない気持ちが揺らいでしまいそうになる。いやいやだめだ、ここで踏ん張らないと。ルフィを甘やかすのは三回に一回だけ。
「あのな、……ここの島な、今日が祭りの日みたいでな」
ルフィの言葉に周りを見渡す。そんな祭りみたいな感じはあんまりしないけどな、と思いながらまたルフィに視線を戻して続きを言い淀むルフィを気長に待つ。
「…………………………女が男にチョコプレゼントする祭りなんだって」
「そんな祭りがあるの?」
「お、おれ嘘吐いてねェぞ!」
ルフィはわかりやすいからさっきと同じように慌ててるけどさっきみたいに何かを誤魔化すようにしてたり動揺してたりはしてなくて、本当にそういう知識をどこかで仕入れてきたんだなと納得する。
「男が女にプレゼントする日もあるんだ、……ほんとはおれ、そっちが良かったんだけど、……お前、別におれのこと好きじゃねェし、」
「?! なんで?! 私ルフィのこと大好きだよ! 好きじゃなかったら仲間になんてならないよ!」
もじもじと唇を尖らせて言葉を重ねるルフィに思わず叫ぶ。なんでそんな誤解が生まれたの?! 三回に一回しかお願い聞かないから?! そんなわけない、そんなのでルフィが自信をなくしてしまうなら、いつも叱るナミちゃんやサンジくんにだって自信をなくしてしまうはずだけど、みんなおれのこと大好きだもんな〜なんて自信たっぷりで、反省も一瞬で忘れてまた叱られてる。そんなルフィが私にだけ自信がなくなるなんてことおかしい。
「うん、お前がちゃんとおれのこと好きなのは知ってる」
「??」
「でもそういうことじゃねェ」
へら、と笑う初めてのルフィの表情に戸惑う。
「好きってひとつじゃねェだろ? だからズルして貰おうとした。おっさんの言う通りだ」
ハンセーだ、と何か吹っ切れたのか、今度はいつものルフィの笑顔に私はまだ戸惑ったまま。好きって、ひとつじゃない? それは知ってる。だけど、ズルとルフィが結び付かなかったのと同じで、その言葉とルフィが結び付かない。だって、それって、そういうことで、……でもそしたら、ルフィは私のこと、……?
「海賊は奪うモンだけど、気持ちは駄目だもんな。だからチョコだけ奪おうと思ったんだけど、失敗しちまった。やっぱズルは駄目だなァ」