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三月から四月に変わり、少しだけ街中が華やかになった。
明るめのベージュのトレンチを隣の椅子にかけ、自分も腰掛ける。
ページをひとつ捲れば、私は物語の中へと入り込んでいった。
時計の針と紙の擦れる音。
古い紙の匂いに囲まれたこの場所は私のお気に入りだ。
本を一冊読み終えて顔をあげると窓の向こうは既に暗くなっていて、聞きなれた音にもうひとつの音が重なっていた。
『…雨』
いつの間にか降り出していた雨に、絶望にも似た声が漏れる。
傘は持ってきているが、この土砂降り。
本を借りることは叶わないな、と席を立って本を本棚へと戻した。
「今日は借りていかないの?」
『この雨じゃ本がダメになっちゃう。』
「気にしなくていいのに。」
顔馴染みの司書はそう笑いながら手を振ってくれたので、軽く手を上げて図書館を出た。
自分の車までは少し距離がある。
ふぅ、とため息をついて1歩踏み出そうとした時、図書館の隅でぼうっと空を眺める一人の青年が目に入った。
『傘、ないの?』
そう声をかけると彼は肩を揺らしてこちらを見た。
「いや、車の中にあるよ。」
『じゃあ今はないんだ。』
そう意地悪く笑えば、彼は困ったように肩を竦めた。
「本当はもう少し早く帰る予定だったんだ。でも読み始めたら止まらなくて…」
『わかる。車まで入ってく?』
私もここで一冊読み終えるつもりはなかった。
彼の気持ちが痛いほどわかってしまうので傘を差し出すと彼はブンブンと首を横に振った。
「今日の降水確率は元々30%、傘を持って来なかった僕が悪いから。」
『じゃあこの雨が止む確率は?』
「…」
彼の言葉にそう聞けば彼は困ったように眉を下げた。
『この傘、大きいから大丈夫。』
そう言って広げて見せれば彼は申し訳なさそうに笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
『車はどこ?』
「ミニクーパーの横に停めてあって…」
大通りまで出ると彼は路肩に停めてある車を指さした。
『ちょうど良かった。これ私の。』
そう笑って車を指させば彼は驚いたように目を丸くした。
「てっきり紳士が乗ってるものだと…」
『父親の趣味に似ちゃったのかも。』