6
傲慢だと一言で表すには余りにも安易で、けれどそれもまた彼を作り上げる素材のひとつであると少し回った考えをしてみれば深く頷ける。例えば全てを若さ故にと無理矢理に落ち着かせて仕舞えば敗北を知らない高慢さも挫折を知らない自己過信も必ず訪れる其れが崩れる瞬間に得るものも彼にとっての糧となるのだ。
「私は君の若さが羨ましい」
「俺のこと若いとか言っちゃうほど歳食ってたっけ?」
他人と比べるように若いからと言われた経験は何度もあってその度に自分は未熟だと言われているようで上手い対応が出来なかったことを思い出す。其れは社会に出ても変わらず歳の数に比例するように現れる経験の差は素直に認めたくない様な相手にも例外無く確かに何処かに存在し、自らが選択し全てを賭け目指したこの場所で過ごす日々は学生時代に思い描いていたより荷が重くまた自身の未熟さに失墜感を覚える事もある。ただ無駄に歳だけを取るような生き方はしたく無くて、目の前に聳え立つ背を向け逃げ出したくなるような大きな山を踏み台として乗り越えて仕舞えばその度にまた一つ成長する事が出来るのだと自らを励ます様なその考えに至るまでの道のりは決して近く無く今もまた其れの途中である。超えて仕舞えば大した山ではない筈なのに気付く余裕さえも忘れてしまったかのように何も目に入らない今は第三者からすれば吹けば飛ぶ塵のような問題でさえ大きく、重くのしかかる。
けれどそんな物は此処を訪れる彼等からしてみれば全く関係の無い事で、悩んでいる事など想像すらさせ無いようにただ凛とした姿勢で真っ直ぐに教えを説かなければならないのだから、教師なんかと言っていた以前の彼の言葉にも同意しそうになる。
「なに、またおっさん達に虐められたの?」
休む暇など無いようにパソコンを弄りながらも確かにキャッチボールとして成立していた会話は羨ましいと言ったっきり止まっていて、実は考え込む暇など与え無いように向かっていただけの作業は業が来た事によって既に成り立っておらず平然を装うように出迎えていた事にすら気付いていたかのように、やっと話す気になったかと言わんばかりの業の台詞は自身の心情を見透かされている様な気になる。
不意を打たれキーボードを叩く手を止めしてやったりと此方に目を向ける赤色に視線を合わせれば、手のひらに包まれるように支えてある彼の為にと淹れた珈琲はいつの間にか無くなっていて其れすら目に入っていなかったのかと下唇を噛む。
彼のと同時に淹れた自身のマグカップに目を向ければ中身は半分どころか最初に飲んだ一口分が減っただけで、口を付けてみれば暖かかった筈の其れは冷めきっていて思わず眉をひそめた。巡り巡った思考回路の中彼を迎え入れこの暑い時期にホットを選択した時点で彼には既に違和感どころか玩具で遊ぶような余裕さえも生まれていたのかもしれない。比べて今の自分の有様に気付き冷静になる様に深く息を吐きカップを持って立ち上がると片肘をつき未だにやにやと此方を見つめる業の頭に軽く手の甲を落とし、マグカップを受け取った。
ひとつひとつと歳をとれば大人になった様な気がしてその中で何が変わったかと自分に問えばはっきりとした答えを出す事は出来ない。此処へ訪れる来客たちと接していればただ過ぎて行くだけの自分とは違う時間の使い方に羨ましさを覚える。隣の芝生は青いとは実によく例えた物で学生には学生の全身でも抱えきれない程の苦しみや悩みは確かに存在するという事は仕事上十分に理解しているのに、社会に出て尚学生時代に戻りたいと願う時があるのはきっと、私だけじゃ無い。
「嫌なおっさんばっかり。でも忘れてた、こうして過ごす時間は嫌なものばかりじゃない」
話を聞かせた訳でも無いのに何もかも分かったようないつも通りの業を見ていれば頭の中を占めていた黒い渦はいつの間にか何処かへ飛んでいて、緩む頬を隠すことなく呟いた。返事をする様に目を細めた業に新しい其れを手渡し向かいの席へ座れば最初から仕事になどなっていなかった事に気付いている癖にもう良いのかと尋ねられる。睨み付ければ何時ものように惚けた表情で舌を出すだろうと思い視線を向ければ、心の底では何かを考えていて、それをおし殺すような笑みを浮かべていた。
どうしたの、と思わずその言葉が口に出ていて立ち上がりこちらへの短い距離を詰めようと動く彼の名前を呼ぼうとすれば、口を開いたものの言葉になる前に消された。
嗅覚が珈琲の香りで満たされて自分からも同じ香りがしているのかとか、目を瞑る事もせず場違いな事を考えていれば触れた唇はいつの間にか音も立てずに離れていておでこから伝わる異常な程の熱の持ち主を考える。
「俺は大人の、ずるいところが嫌だよ。」
視界が明るくなったのは彼が机に手をつき座ったままの高さに合わせるように折り曲げていた腰を上げたからで、離れたというのに未だ冷めない熱の正体に気付く。
出入り口へと向かう業を目で追うこともせず横開きの扉の閉まる音を聞いた。
ALICE+