アスファルトにたまごを割る


だからもう嫌いなの、何の脈略もなく此方を見ることもせずそう言った彼女に視線を向ける。まるで手元にある物が今の自分にとって一番大事だと言うようにそれに夢中になっている彼女と同様に、休む間もないと働き続ける太陽に負けない内にと既に溶けかけたアイスキャンディーを口に含む。
梅雨が明けるのも待たず猛暑だ何だと騒ぎ出していた画面の向こうでは確か今日も変わらず最高気温は35度以上を示していて、それでもそれに適応するかのようにずれてきた感覚ではこんなものかと外を出歩く余裕さえ生まれる。焼けるからとか、液状化するとか、他人の部屋だというのにそれを感じさせないようにベッドにへばり付き駄々を捏ねる彼女を75円で釣り上げ外に連れ出したのは30分ほど前で、若干の重みのある左手に提げる発売されたばかりの其れを見れば目的は達成されたと額に伝う汗を拭いながらぼんやりと思う。


「何処が嫌いか、聞いてよ」

余りにも普通に、日常で交わされる何でもない会話の一つのように言うのでこのまま流して仕舞おうかと思ったが、如何やらそれも許されず再び視線を下に向ければ今度はアイスを大事そうに持つ何時もより鋭い双眼と確かにぶつかる。失敗したと泣きついてきた眉より少し上の前髪も随分見慣れてきて、汗でへばり付く髪を剥がしてやる様に頭を撫ぜた。紫外線を親の仇のように敵視する彼女が1週間程で使い切ってしまうと言う日焼け止めを全身に塗りたくっていたのを思い出し、自分と同様に汗を流す様を見ればそれも全て流れてしまったのではないかと、其処まで考えたところで下から睨み上げる様な痛い視線に気付き思考を戻す。


「俺は今も変わらず好きだけど」


数ヶ月振りか、募らせた自らの想いを初めて打ち明けた時以来のその言葉を発するには日頃の行いから平然を装い虚勢を張る事しか出来ず、火照った身体から熱を逃がす様に流れる汗は紛れもなく暑さを象徴しているというのに頭だけはいやに冷えていた。
そんな事はまるで知らないというように下の方から溶け始めたアイスに唇を寄せ器用に食べ崩していく彼女を視界の端に入れここ最近に交わした会話や出来事を並べ心当たりを探す作業に入る。冷静にと心を落ち着かせる為ばれないように小さく息を吐いてみても数分前から乱れきった脳内においては意味を成さず、ふやけきった胃の少し上の心臓が煩いくらいに動き出している事に気付かないふりをする。


「もう飽きたの。詰まらないしこれから先が見えない」
「なかなか結婚へと進まない20代見たいに言うね。何それ、何時から?」


少し間を置き先月くらい、と返ってきた答えには何も返さず付けてもいない日記を捲るように遡る。飽きただとか詰まらないだとかそういう言葉を投げ付けられるのは初めてで眉をひそめ、下唇を噛んだ。単純な感情表現に例えれば怒りよりも悲しみの方が大きくてただ其れよりももっと黒くて暗くてどろどろとした言葉には出来ないようなもので溢れていた。これ以上続けたくはないこの話を彼女の唇を塞ぎ強制的に終わらせて仕舞えば如何なるか。頬を引っ叩かれでもすればこの関係も綺麗に終わり意味を成さなくなるこの感情も捨てて仕舞えるだろうか。
最早無意識のうちに進めていた足は気付けば止まっていて、数歩先に進んだ彼女が気付き此方を振り返るのと存在すら忘れていた右手に持ったソーダ味の其れが気に入っていたスニーカーの上に落ちるのは同時だった。靴の黒に染み渡っていく様子と手に残された頼りない薄っぺらな木の棒に交互に視線をやりどうしたの、と進めた足を戻し此方に戻って来る彼女の首の後ろに手を回し逃さないように深く深く口付ける。離してくれと言うように背中を叩く手やシャツを掴み引き剥がそうとする手を無視して貪るように食らいつけば諦めたのか大人しくなり応えるようにシャツの裾が握られる。


「俺たぶん結構出世するからさあ、此処で手放したら後悔するんじゃない?」
「…何のはなし?」

呼吸を整え赤く火照った頬をそのままに此方を見上げ疑問符を浮かべる彼女の様子に一拍置いてまた記憶を遡る。







「業があの連載をそんなに気に入ってたとはね」
「ほんと最悪。一回死ね」

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