致死量アディクション


「キミだれ」

練りに練ったというか、練り過ぎて液状化したんじゃないかというくらいの計画のもと実行に移された一世一代の愛の告白は、全く心の込もってないごめんとその辺に転がる石ころを見るような眼差しを受けて、終わった。




毎週火曜日の4限目と金曜日の2限目、赤羽業の所属する2年D組は特別教室へ移動のためこの廊下を通る。そんな初歩的な情報は彼と出会ったあの日この胸を撃ち抜かれてから数えてちょうど1週間経つ間に既に調査済みで、それからは授業が終わり次第誰よりも早く教室を飛び出し自らの休憩時間の全てを捧げて偶然を装って何度もすれ違っていた。更に時には迷い込んだように、時には誰かを捜している風を装い私の方から2年の教室まで出向く事も週に5日ほどあった為赤羽業とすれ違った回数だけで言えば恐らく私はこの学校でダントツの位置にいる。
今から半年ほど前、商店街を抜けた先の大通りでありがちにも不良に絡まれていた私は見慣れたデザインの制服を着た赤髪の中学生に助けられた。助けられたと言ってもその時彼の目に映っていたのは鼻息を荒くしこちらに向かって来る獣の集団だけで、認識すらされていなかったことなど逃げる不良を意気揚々とした表情で追い掛ける彼を見送れば十分に理解出来た。それでもいつかは礼を言いたくて、いつかは思いの丈を全てぶつけてしまいたくて、少女漫画のように必然的に落ちた沼から見守るように見つめながら日々機会を伺っていたのだ。

じゃあそういうことだから、と踵を返し教室へ戻ろうするのを慌てて止める。

「待って待って、お礼!あの日のお礼を!」

軽く90度を超える勢いで下げた頭を上げれば何のことかと訴える目があって。簡単に説明してみても「覚えてないしどーでもいいや」と返される。一瞬だけ向けられたその見下すような目に舌がじりじりと痺れて、一層もっと蔑んで欲しいと心から思った。


「よく考えてください、私たち実は何度もすれ違ったことあるんです。せんぱいの視界には誰よりも多く入っていた筈です!」
「知らない。目瞑って歩いてたから」

そんなばかな、と抗議すれば知らん顔でそっぽを向く彼。そんな筈は無いとこれまで彼の半径1.5メートル以内を歩いた記録を辿る。陰ながら見守るというのは距離が近いほどに困難になるもので確かにすれ違うその一瞬自らの顔を上げることなど一度も無かったのだけど、まさか彼が目を瞑っていたとは迂闊だった。これでは話した事は無いけど何度もすれ違ったちょっと気になるあの子、という印象すらなかったんじゃないか。既に大半が溢れて手のひらに収まる程に小さくなった自身の計画と想像が膝が崩れるのと同時に地面に流れるように消えた。


「…てゆーかさあ、何であんだけストーカー行為繰り返していきなり告白なの?普通仲良くなるとかするでしょ」
「な、なかよくなるなんてそんな恐れ多くて出来ませんよ!だからこそ今回この告白という手段に移らせてもらった訳でですね」


脱力感から重力に逆らうのを止め崩れた膝を支えるように両の手を付けば砂利を踏む音が近づいて来るのに気付く。ばっと顔を上げれば恐らくこの半年間でトップクラスと思われる距離に再び勢い良く頭を下げた。写真ならば直視出来るのに、とかダントツ一位は体育の授業後設置された水道に口を当てるお気に入りの写真だ、とかあれならば現在進行中のこのシチュエーションとは比べものにならないゼロ距離まで行ったことがあるとか、その場を後ろの席の友人に目撃され苦い経験をしたとか、しゃがみ込み私の頭より少し上の位置から膝に肘をつき頬を支える彼からの視線を目いっぱい受けながら頭をフル回転させ考える。

「ていうかやっぱり気付いてたんじゃないですか!気付いた上で、な、なかよくなるって、もしかして話し掛けられるのを待ってた、とか」
「ねーわ」

はっとして上げた頭もうわさのつむじのツボを中心に狙うように抑え込まれ、再び視界には自分の腕と彼の足と雑草の入り混じった砂利が入った。握られるように痛みの走る頭に全神経を集中させ自然と細まる目とあがる口角をどうせ見えないと好きにさせる。ああこれではもう頭を洗えないじゃないか。



「…ま、涎垂らしたブタみたいに陰から見てるよりは良いんじゃね」
「……話しかけます!今日から!たくさんお話ししてください!」

今日はよく上下運動を繰り返す頭を置かれた手に反抗するように持ち上げると、からかうように目を細めたせんぱいが居てそれが優しく笑っているようにも見えたから思わず鼻を押さえた。

「うん。ストーカーから独り言の多いやばい奴に格上げとも取れる憎悪だね」
「それ私完全に無視されてますよね」




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