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あの日から、チャイムと同時に勢い良く立ち上がり1時間近く椅子に腰掛け続けたハンデを物ともしないスピードで教室を抜け出し階段を駆け下り目当ての場所へと向かう頻度は、以前と比べ二倍か、それ以上へと増していた。
最初の頃は尋ねる度に仕方なくといった感じで怠そうながらも出迎えてくれていた彼も、数を増せば「減らせ」と一言口に出し頭を潰すように右手を出してきた。それすらも嬉しくて痛みにも礼を言い隠すことなくにやにやとしていれば彼の後ろから慌てるように出てきた水色に止められ、心の中で、小さく舌打ちをした。




「来すぎ。もしかして友達いないの?」
「せんぱいよりは居ます!」

話しかければちゃんと返ってくるこのやりとりが嬉しくて舞い上がり毎時間のように通い詰めれば当然怒られて、抑えようという気になりやっとのことで以前と同じくらいの頻度に戻したのだ。しかし極上の幸せを知って仕舞えば己を律するというのは非常に難しくて、耐えれば耐えるほどに勢いを増すように強く立ち上がるから後ろの席の友人からクレームを受けた。


「そうだ、せんぱいの好きな女性のタイプを教えてください」
「ストーカーは論外かな」
「ストーカーじゃないです。愛の狩人、です」

お手洗いへと使ってしまった残り少ない休み時間の終わり際に片思いの間は意中の相手のタイプに近付くことが基本だと後ろの席の彼の読んでいた雑誌に書いてあったのを盗み見して、その後の授業は彼のタイプについて思索することに時間を費やした。お淑やかな人だったらスカートを一段下げようとか、優しい人だったらこのクラスの黒板は今日から私が消そうとか、脚の綺麗な人だったら後で携帯を起動して検索だとか、先生の言うことなんか全く耳に入れずノートの隅どころか一面に箇条書きにしていって、チャイムが鳴れば鎖の解かれた犬のように立ち上がった。同時に背後から上がった悲鳴に聞こえないふりをして逃げるように追うように教室を飛び出したのだ。

「大体私だって確かに赤羽せんぱいは好きですけど、タイプかと言われれば別に全く好みじゃ無いです」
「ケンカ売ってんの?」
「いたたたいたいです、せんぱいいたいです」


何時ものように喜ぶ余裕など与えないくらいの強さで掴まれた頭は、ギブアップを訴えせんぱいの腕を叩いて数秒したところでやっと緩められた。少し涙目になりながらも「…タイプは」と上から聞こえた小さな声に応えようと自分の惹かれる芸能人やキャラクター達を思い浮かべる。


「そうですね、ボディビルダー系のゴリマッチョですかね。安心感といいますか、硬さからにじみ出るあの包容力が堪らないです」
「あんなのただでかいだけじゃん。あいつらが興味あるのは自分の身体だけだよ、お前じゃ見向きもされないね」

「男女の違いといえば力じゃないですか。最低でも私を持ち上げるくらいは出来ないと…。まあせんぱいにはムリですよね、あはは」

「舐めてんの?余裕過ぎて笑うんだけど」


全然笑ってないじゃないですか目死んでますよと言おうと口を開けばいつの間にかせんぱいの頭が目線の下にあって、これがせんぱいのつむじかと感動していれば背中と膝の裏側に当たる何かの感触。ふわっとせんぱいからいい香りがして反射的に大きく息を吸い込めば引き寄せられるように持ち上げられた身体。
吃驚して開いたままの口を閉じるのも忘れ随分と近づいた彼に視線を移せば、どうだと言わんばかりに笑っていて。喧騒で溢れていた筈の廊下が静まり返っているのに気付き確かめるように首を回した。

「いたっ!何で落とすんですか!」
「重たすぎて腕折れちゃった」

他方向から一瞬で集めた視線に少し遅れて気付いたようで、射抜くように睨みつけたかと思えば一斉に視線を逸らす野次馬たち。再び離れた距離から見上げれば微かにその頬は赤く染まっていて、にやける頬を隠さずに、威嚇する彼を宥めた。


「まあそれでも私はせんぱいに運命感じたんですけどね」
「…あっそ」

差し出された手を取り、立ち上がる。


「大丈夫ですよ。ボディビルダーの力強さなんてせんぱいに比べたら勝るとも劣らないです」
「それじゃ俺負けてんじゃん死にたいの?」

また頭が、揺れた。



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