Ti auguro buona fortuna!


甘い。甘い甘い甘い。けど悪くない。嫌いじゃない。寧ろ好き。控えめに言って大好き。

歯を食いしばり、抑えようとも抑えきれない緩む口元に片手を当てる。費やした時間は数知れず、息をするように自然に一点へと向く親指だとかそれを押して仕舞えば1日の大半を共に過ごす同志たちの血気盛んな声だとかそういうのも全部気にならないくらいに集中力を発揮するだとか、その熱意を暗殺に向ければ良いのに、と理解できないと笑った赤髪だとか、先程から目の離せない離したくない離れられない画面のもっと奥の、視界の隅に入るその赤さえも気にならないくらい、に。好きだ。


「こんな男のどこが良いの?ひょろひょろじゃん」

それをお前が言うなとか、いやでもこの間の川の時は意外と、いや待てそれじゃあ私は外めからはそう見えるが実はこの男の身体はそうでもないと判断出来るようじゃないか、でもでもあの時こいつは変態だなんだとほざきながら私の視界に入るようにわざとらしく絡んできたから、そうだ、だから隅に入っただけであって、

「あ、俺の裸じっと見てた変態が思い出して赤くなってる」
「なってない!」


前の席の椅子に腰掛け堪え切れないと言うように笑い出すこの男はこの際無視だ、関係ない。今現在重要なのはこの限られた時間を有効に使いベストな選択をすることであって、それが私達のこの関係をハッピーエンドへと向かわせるのだ。

「”私が力になるから”、何て言われてもね。具体的にどうすんのって感じ」
「運命的な出会いを得て交流を深めるうちに共通の目的を見つけ、それに向かって歩み高い壁に立ち止まる。一度は別れを選択するも2人の想い合う気持ちは強く、それが2人を再び巡り合わせ幸せに。王道だからこそ良いんでしょう。仲を深めるに障害は外せないわ」

「じゃあこれにする?」
「待って、”私の国で暮らそう”も捨てられない。でもこれじゃあ彼は彼自身の暮らしや家族を捨てることになる…。ううん、敵対する国同士の王子と姫という立場上共に生きるにはどちらかが身分を捨てる事になるのは明白。好意を持っている旨を伝えるにはこっちの方が手っ取り早いかも」
「俺はどっちかって言うと囲う方がいいかな」

頬杖をつき当然のようにゲーム画面を覗き込み与えられた選択肢に口を出す業には既に慣れたとして、王子と自分を重ねるような口振りに聞いてねーよ、と思いながらも口には出さず十字形に設置されたボタンを上下になぞる。

「”哀しそうな表情を浮かべ無言で立ち去る”、は無し」
「分かってないなあ相変わらず。男って言うのは自分の情けない姿は見せたくないもんだよ」

「…それっぽい事言っても無駄。あんたの言うこと聞いたらまた同じルートを辿ることになるでしょう」
「あれはお前の腕の所為だよ」
「そうね、業を信じた私が間違ってた。お陰様でバッドエンドからの再スタートもこれで4度目」

手を伸ばし勝手にボタンを弄ろうとする業から離すようにゲーム機を持ち上げ自身の持てる目力全てを寄せ集め睨む。そんな事は全く効いてないと言う様に4度目の正直だ何だと笑う業の言うことは、何時もどこか説得力のある様で不覚にも丸め込まれたかと思うと気付けばバッドエンド一直線なのだからいい加減私も学習した。こいつは恐らく、いや確かに狙ってやっているのだ。


「だいたいよく考えてみなよ。男を手のひらの上で躍らせるなんて芸当君に出来るわけ無いじゃん」
「やめてくれるその言い方。ゲームよ、ゲーム」
「恋愛は所詮遊びだって?偉くなったね!」
「声がでかい!」

いつも人の一歩後ろに下がり何をするにしても自分には関係ないと言うように、自分は何処か周りとは違うのだと言うように傍観者を気取るくせにどこか負けず嫌いで子供っぽいこの男の声に、教室中の視線を集める。糸を張るように一瞬にして収まった喧騒は何か面白い玩具を見つけたのか、受ける側からしたら不愉快極まりないイタズラと言う名の迷惑行為を成功したのかどちらかを把握したような表情と共にいつも通りの風景に消えた。
パラメーターや攻略法が存在しない生きた人間との距離感や好感度の測り方などを経験則から裏付けるには、私も彼も随分と足りて居ないものがある。



「そろそろ練習は終わりにしようよ」



近付く声と、触れた頬に集まる熱に気付く。

それは違うのだと、正しく本番そのものであるのだと、大切に育て上げた画面越しの理想に問い掛けても、返ってくるのは目の前の赤。




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