お仕事

後から抱きつかれ、自信の胸の前で腕が交差された。密着していることでどこか人の温もりと、重みを感じる


「つ か ま え た 、」


耳元で囁かれた声はなんとも形容し難い男の声、聞いたことのあるはずの声なのに分からない。でも自然と恐怖ではなく安心感と幸福感に満ち溢れていた
その声の主が誰なのか問いかけようにも口はパクパクと金魚のように開閉するだけで声帯から声が出ることはない。後ろを振り返ろうにも金縛りにあったかのように動かなかった

抱き着いていた片腕が愛しい者に触れるように頬を撫でると目元を隠すように大きな手が目元を覆った。
それが心地好くて段々と瞼が落ちて行くのに抗うことは私には出来ないのであった




*



明るい日差しに軽快な、どこか騒がしいとも言えるリズムが鳴り響く。日差しがまぶしくて思わず目を強く握り、音を未だに鳴らし続ける物に手探りで探った
小刻みに振動し私に起床するようずっと呼び掛けていたアラーム基スマホに触れることが出来たので目を開けて素早く解除をすると大きな欠伸をする

あー眠い。光に目が慣れ始めた私は少し絡まった髪の毛に指を通し手ぐしをしていくと、毛先は跳ねているが…気にせずぺたぺたと洗面所へと向かおうと動き出す


「なんなんだろーなぁ…あれ」


朧気だがここ最近ずっと同じような夢ばかりを見ていた。男が壊れ物を扱うかのように優しく私を触るのだ、そして毎回何に反応してなのか下着が大惨事という。何なのだろう、自身の体が欲求不満だとでも伝えたいのかそうなのか、???と半ば投げやりで考えながらもそういえば彼氏をここ最近作ってないな、と考える
最後は確か半年以上前だから、それから性行為をしていないということでもある。自慰はあまりしないが生理前のどうしようもない時はたまに…、それ以外は全くない
あれ、私が性に関して無関心すぎなのか…?何てアホなことを考え始めたあたりには段々と同じ夢は見ているがどんな夢かはどんどん朧気になっていき簡単に頭の片隅に追いやられていった
だって考えたって解決しない事が分かりきってるから
シャワーを浴びながらそんなことを考えた


パソコンに提出された報告書に目を通す。これは私の所属している事務所の相棒のものだ。
とうのヒーローは現在雑誌編集者に取材を受けている為今は応接室に。何でも大きな事務所の相棒達を巻き込んでの大特集が組まれているそうで長い間こもっている。
メディアやヒーロー活動にも引っ張りだこな人気ヒーローになれて何より。今ではトップ10入りしてるしね、忙しいけれど願ったり叶ったりかなぁ…

書類にも目を通し終わると印刷を初めた。独特な機械音と紙の匂いと共に出てきた書類をホッチキスで止め確認済みという判を押す。そして私とヒーローしか入れない書類保管部屋内にあるファイル内に仕舞った。


「普榧」

「?…何か?…あぁ、事務所のご案内ですね。お任せ下さい」


部屋から出ると、後から呼び掛けられ振り返る
すると編集者の方数人を引き連れた、プロヒーロー"ファントムシーフ"、物間寧人と言えば分かりやすいか。そいつが居た。ちなみにここはファントムシーフ事務所、私はここに所属している


「こちらが先程お話した事務や経理を管理してくれている我が事務所の大事で優秀な秘書である普榧です。ちなみに僕や相棒達のスケジュール管理等も行ってくれて、我々が体調を崩さないのは彼女のおかげでもあるんですよ」


寧人からの過大評価に、わざとこいつハードルをあげてやがるな…?と察しながらも鍛えられた営業スマイルで綺麗に頭を下げた。
第一印象が大切である


「初めまして、ファントムシーフの秘書を務めております普榧と申します。名刺お渡ししておきますね。ですが、私はヒーローではないのでなるべく顔と名前は伏せていただいても宜しいでしょうか…?」

「あぁ、お任せ下さい。後でファントムシーフと共にお話をお伺いしても宜しいでしょうか」

「えぇ、構いませんよ。それでは社を案内させて頂きます。撮影禁止の所は申し訳ありませんが…」

「撮影時は必ずお声かけしますのでご安心下さい、」

「ありがとうございます、お気を使わせたような形ですみません…」


取材陣に苦笑いを貼り付けて言うと、そんな気にしないで下さい…!と困ったように言われた。やはりここの編集者達は当たりのようだ。たまに話を聞かずに大きな話題を掴もうと身勝手な行動をする方がいるのだ。まぁ、そんな所には取材を承諾したりはしない
そういう、マスメディア関連の仕事はちゃんと事前に調べてあるからねぇ……ヒーローっていうのは人気商売でもあるのだから、尚更そういうデメリットに繋がりかねないことには気をつけないといけない

寧人も分かっているようで確認の為、ちらりと視線を寄越したらこいつらは大丈夫だよ。とでも言うような視線を頂戴した
よしよし、表情筋を総動員して頑張るぞ


「つかれた」

「もう疲れたわけ?ウケるんだけど。でもまぁ冬華にしては頑張ったんじゃないの?」

「ほんっっとツンデレ」

「はぁ?」


謎のツンデレを発揮し、こちらをジト目で見てくる寧人を無視して自身のデスクにぐだーっとなる。1日中の密着取材だったのだ…しょうがないと言えばしょうがないけれど、やはり疲れるのだ
相棒達の業務時間は終了し、残るのは私と寧人だけだ。
まぁ、この部屋が社長室というか、社長と秘書専用の部屋だからな…。他のフロアには確実に居るが

ちなみにこの事務所、1階にはカフェや、書斎に応接間などがあり、週一で、一般公開をすることがあるが基本的にヒーローと相棒や関係者のみが使用している。ここの事務所ではなくともヒーローならば誰でも利用可能なので情報交換や雑談などに使われる。
2階にはジム。その階から上は関係者しか入れないよう認証カードが必要となっている為セキュリティもばっちりだ。(でも部外者でも寧人の許可さえあれば入室可能である。共同訓練や、職場体験とかもあるし合同会議とかいろいろあるから)3階は相棒達の更衣室やデスクなど、会議室があるフロアで、4階は訓練場である。2階とは違い個性を使った手合わせ等に使うため頑丈だ。
5階に社長室兼私のデスクや特別会議室、まぁ私と寧人の手合わせする為の訓練場(激しいから)等いろいろある。このフロアには私と寧人が持っているセキュリティカードがないと入れない仕組みになっているため機密会議に最適だ。入る際には私と寧人の同行が必要ってことでもあるのだから(寧人は猫被り中なので私達専用のフロアがあるという理由があったりするのだがそこは省略)


ここの事務所そこそこ(かなり)大きいしな…。ここは新人ヒーローを相棒として雇い自立させる為のヒーロー事務所でもある。ちゃんと自立させる、もしくは自分にあったヒーロー事務所を見つけさせるのだ。寧人の個性はコピーで個性を借りればどの個性も扱える。だからこそ合わせやすいのだ

それと関係があるかは分からないが、人との触れ合いを大事にしているのでちょこちょこ相棒達のデスクに行ったり訓練を覗いてアドバイスをしたりと仲良くやれていると私は思っているけど、相棒達がどう思ってるのかは知らないよね…

そんなことを考えながら電気ポットに水を入れスイッチを押すと後ろを振り返った


「珈琲?紅茶?」

「ん、珈琲」

「紅茶じゃないんだ」

「今日は珈琲の気分」

「そう」

「ん」


流石の寧人も1日中休むことなく猫被りをするのは疲れたようで喋る以外は表情筋をぴくりとも動かさず無表情だ。顔はいいから人形のようで非常に怖いことになっている。だが疲れた時は大抵こうなので特に気にはしない
昔からこうだったしな、疲れると無表情になるのは。私もそうだし…実際に私の表情筋も一切動いてない
でも目は口ほどに物を言うとも言うし

寧人のデスクに珈琲を入れたマグカップを置くとちらりと目が動いた


「置いとくよ」

「ありがとう」

「いいえ、今日もヒーロー活動お疲れ様でした」

「毎回言うよね。飽きないの」

「飽きるというかこの仕事するって決めた時から言うように決めてるの」

「へー、初めて聞いた」

「初めて言ったし当たり前でしょ」


お互いじとっとした目が合うと頷きあった


「「さっさと帰ろう」」