果てまで地獄を愛させて

 コード:サーヴァント。
通信の傍受に備えて、そんなコードネームを与えられたその人は、珍しいことに、椅子に腰かけたまま、目を閉じて眠っているようだった。

 その姿は、完全無欠の瀟洒な彼女には珍しい。少なくとも、なまえにとっては初めて見る姿だった。
非常に珍しい姿を見せるほどに疲れているのだろう彼女を、このまま休ませてやりたいのは山々だが、生憎、彼女が眠るそこは、基地の中でも、空調の風がよく当たる場所だった。風邪をひくだなんて、彼女がそんな初歩的なミスをする可能性は限りなくゼロに近いだろうが、それでもやはり心配にはなる。

「……サーヴァント。起きて。ここで寝るのは危険よ。風邪をひいてしまうわ」
ほんの少しだけ躊躇ってから、なまえは彼女の薄い肩に触れて、少しだけ揺らしてみる。
「サーヴァント。……ねえ、□□。起きてったら」

 サーヴァントは、瞬間、弾かれたように目蓋を開けた。
「なまえ。私は、眠っていたのね。作戦は、戦線はどうなっているの。私達の戦況は?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、なまえは気圧されて、数度だけまばたきを繰り返した。

 そうして、彼女の疑問と誤解を少しづつ解くべく、言葉を選びつつ口を開いた。
「……サーヴァント。ここは私達の基地よ。貴女、作戦を無事に成功させて、基地に帰ってきたの。戦況は良くも悪くも、大きな変化が無いわ。だって、貴女が帰ってきてから、まだそれほど経っていないじゃない」

 『軍師』が立案して、サーヴァントが現場を指揮する形で始まった作戦は、とりあえずは成功となった。味方の損害も、充分想定の内に収まっている。
彼女が帰投してから、大した時間は経っていないのだが、完全で瀟洒な彼女のことだ。上への報告も、きっちり済ませているに違いない。

 なまえの丁寧な説明に、サーヴァントはやはり珍しいことに、少しだけ目を丸くしてから、安心したように脱力して、簡素な椅子のクッション性に乏しい背もたれに身体を預けた。古びた椅子がぎしぎしと軋んで、聞くに堪えない悲鳴を上げる。

「……そう。私、寝ぼけていたのね。ごめんなさい、なまえ。迷惑をかけたわ」
「良いのよ。こんな状況だもの。迷惑だなんて思わないわ。……でも、」

 そこで言葉を切って、なまえは眉を下げた。これはあくまで、レジスタンスの同胞としてではなく、サーヴァントのひとりの友人としての思いだと、強調するように。
「……夢の中まで戦いの中なんて、お勧めはしないわ、サーヴァント。こんなに辛く苦しい戦いなんて、現実で見るだけで充分すぎるくらいよ。充分どころか、現実でも多すぎて余るくらいよ。お腹いっぱいだわ」

 コード:サーヴァント。彼女は、なまえにとって大切な友人である。作戦も、戦いも、関係無い。彼女は、この基地の一切が関わらない部分で、なまえの友人だ。

 そんな友人が、夢の中ですら安寧の中に居られないことが、なまえの心を痛ませる。
サーヴァントは、確かに強い少女だ。彼女の瀟洒なナイフ投げの技術に、その強さに、なまえは何度命を救われただろう。凛と前を見据える魂や精神と呼ばれる部分の強さに、なまえは何度鼓舞されただろう。

 だけどなまえは、彼女がどれだけ強くても、せめて夢の中でだけは、お砂糖とスパイスで出来た少女で居られればいいのに、と願わずにはいられない。
血と硝煙と死のにおいなんて、夢の世界にまで追いついて来なければいいのに。そんな願いすら、この世界は叶えてくれない。

「……そうね。ご忠告ありがとう、なまえ」
サーヴァントが浮かべる微笑は、全くいつも通りで、友人であるなまえであっても、その内心を窺うことは困難を極める。

 だからなまえが、代わりに祈るしかない。
サーヴァント――咲夜の夢が、どうか二度と、前線で武器を取る夢でないことを。戦いとは縁の無い世界の夢であることを。

 願わくば、サーヴァントなんて仰々しいコードネームが必要無い世界で、咲夜とふたり、笑い合えていることを。
なまえはきっと、誰よりも願い、祈っている。

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