パステルピンクの化けの皮

 緑間真太郎は、おしるこをこよなく愛している。自他共に認めるおしるこ好きだと言ってもいい。

 故に緑間は、その日も全く慣れた手つきで、いつものように、自動販売機のおしるこのボタンを押した。緑間がいつもおしるこを買う、いつもの自動販売機だ。ボタンの配置も、とっくに記憶している。緑間は、隣に並ぶ缶コーヒーにも、カフェオレにも見向きもせず、正確かつ確実に、おしるこのボタンを押した。

 ごとん、と取り出し口から音がして、緑間は長身を無理矢理折り畳んでしゃがみこみ、それを見て、間の抜けた声を出した。
「……は?」

 取り出し口に横たわっているのは、緑間の愛する、あの小豆色の缶ではない。淡いピンクと白がポップにあしらわれた、パステルカラーの缶だった。缶に描かれた真っ赤な苺のイラストに、そういえばなまえはこれが好きだったかと呆然と思った。もはや、現実逃避に近かった。

 緑間がどれだけ目を疑い、眼鏡を上げたり下げたりして見てみても、パステルピンクの缶がおしるこに化けるはずも無い。それは紛れもなく、いちごミルクの缶だった。
緑間真太郎は、確かにおしるこのボタンを押した。はず、なんて言葉は必要無い。それは確かな事実なのだ。

 だが、そういうこともある。自動販売機の補充を行うのは人の手であるから、こういうミスは発生しうる。
どうせいちごミルクが好きな人物の心当たり――押し付ける先の心当たり、とも言う――があるのだから、ここは深い慈悲の心で受け入れるべきだろう。

 緑間は、眉間に皺を刻んだまま、硬貨の投入口に硬貨を入れて、再びおしるこのボタンを押した。

「……何故なのだよ」
取り出し口にごろりと転がる缶は、やはりパステルピンクと白のパステルカラーだった。本日、二本目のいちごミルクである。

 どうして、自動販売機においておしるこを補充するべき場所に、二本もいちごミルクを補充してしまったのか。今となっては、誰にも分からない。

 ただ、ここでおしるこを諦め、いちごミルクを二本持ってすごすごと撤退するのも、それは非常に悔しい。何だか負けた気さえする。何に負けたのかは、緑間にも分からないが。

 緑間は、自動販売機に相対しているとは思えないほど鬼気迫る表情で、硬貨を投入する。こうなっては、もう意地だった。
迷い無く、長い指の狙いをおしるこのボタンに定め、それが間違いなどではないことを視認してから、強く押し込んだ。

 果たして、三本目の缶は、すぐに取り出し口に落ちてきた。
今度こそ、今度こそは、正しく小豆色の缶を願い、身をかがめた緑間の目を奪ったのは、もう見慣れたパステルピンクだった。

 緑間真太郎は、三本ものいちごミルクの缶を抱えて、口を閉ざしたまま自動販売機を後にした。今日の蟹座の順位は、十位であった。

 ――自他共に認めるおしるこ好きの男が、おしるこ以外の缶を三本も持って帰ってくれば、それはもう異常事態に等しい。
仏頂面で、パステルピンクの缶を抱えた姿で教室に現れた緑間を、なまえは目を丸くして出迎えた。

「緑間くん? 珍しいもの持ってるね。今日のラッキーアイテム?」
「……今日の蟹座のラッキーアイテムは、緑色のハンカチなのだよ。これは――事故だ」
「事故?」

 なまえは小首を傾げて、よく分からないと言いたげな顔をしていた。だが、一番現状が理解出来ていないのは緑間の方である。どうして、おしるこのボタンを押したにも関わらず、いちごミルクが出てくるのか。それも、三本連続で。

「……これは、お前にやるのだよ。オレでは三本も飲みきれん」
「よく分かんないけど、ありがとう……?」

 不貞腐れた顔をした緑間の手によって、机にいちごミルクの缶を三本並べられ、なまえは困惑を隠し切れていない。
緑間の身に降りかかった災難を知らないなまえは、訝しみながらもプルタブに指をかけて、いちごミルクの缶を開けた。

 緑間は眉間の皺もそのままに、あの小豆の香りとは似ても似つかないいちごの香りを感じていた。

BACK-TOP