眠れない夜に過去が降る
雨が降る夜だった。
ボンゴレファミリー、十代目のボスに提出する書類を纏めている内に、夜はすっかり耽けている。提出は明日に回すと決めたものの、なまえの足はアジト内の共用キッチンに向かっていた。
書類に向き合っていた目と頭が、糖分を欲している。確か、キッチンの棚には、以前なまえが買っておいたインスタントのココアがあったはずだ。
ミルクパンに少量の水を汲んで、コンロにかける。その間に、ココアの粉末をお気に入りのマグカップに入れて、パッケージを棚にしまいこんだ。
水道水が沸騰するまでを待つなまえの視界の端を、見慣れた黒いくせっ毛が横切って、思考がそちらに移った。
「あれ、ランボ。眠れない?」
「なまえ氏こそ。オレはキッチンに明かりがついていたので、様子を見に来ただけです」
ひょこ、と共用キッチンに顔を出したランボが、テーブルに置いたマグカップと、なまえとを交互に見る。
まだ何も言ってはいないが、その何かを期待したようなきらきらした目は、十年前と何も変わらない。図体だけが大きくなった子どもの姿に、なまえはふっと吐息だけで笑った。
「良いよ。ランボの分も、ココア作ってあげる。カップ持っておいで」
「なまえ氏はやはりお優しい……。持ってきます」
小走りで食器棚に向かうランボを見送って、なまえは一度棚にしまった袋のインスタントココアを再び取り出そうとする。
ボフン、と気の抜ける音がしたのは、ちょうどそんな時だった。
「え……。ランボ?」
なまえが振り返った先では、真っ白の煙が充満している。その中に立っていたのは、見慣れた長身の伊達男ではなく、ちんまりとした背丈のお子様だ。
「ああ、また10年バズーカでお呼び出しか……。ランボ、平気? どこか怪我とかしてない?」
十年前から、ランボが事ある毎に10年バズーカを取り出しては、十年後の自分とやらと入れ替わる姿を見ていたなまえにとっては、今更驚くことでもない。ただ、十年前にランボが10年バズーカを使った日付や時間を、きちんと記録しておけば良かったかもしれないと、今になってほんの少し思うだけだ。
「ランボさんはっ! ランボさんはわるくないんだもんねっ!」
ぐす、と鼻を啜る音がする。どうやら今日の10年バズーカは、十年前のランボが誰かしらに泣かされて使ったものであるらしい。敵対組織の襲撃のような、危険な非常事態でなくて良かったと安堵するばかりだ。
「はいはい、ランボさんは悪くないね。ココアでも飲む?」
「……のむんだもんね」
ランボの愛用のマグカップは、棚には無い。恐らく、この時代のランボがマグカップを取った瞬間に、10年バズーカで十年前まで飛ばされてしまったのだろう。
仕方が無いので、誰のものでもない予備のマグカップを取り出して、インスタントココアの粉を放り込んだ。
パッケージに書いてある通りの分量を計ったところで、なまえは少しだけ悩み、スプーン一杯分だけココアの粉を多く入れてやることにした。泣いている子どもには、少しだけ濃くて甘いココアを振る舞ってやるのがいい。甘いものは、それだけで無敵なのだから。
本当は、この時代のランボに作ろうとしていたものだが、ココアの粉はまだ残っているのだから、また後で作ればいい。
マグカップに少しだけ熱湯を注ぎ、スプーンで丁寧に粉を練っていく。いつの間にかなまえの足元に来ていたランボが、じっとマグカップを見上げていた。
熱湯で練ったココアの粉を、更に熱湯とミルクで薄めれば、温かいココアの完成だ。マグカップをテーブルに置けば、勝手知ったるとばかりにランボも椅子によじ登り、目を輝かせる。
ここに来た時はあんなに泣いていたランボは、もうすっかり泣き止んで、湯気を立てるココアを年相応の笑顔で見つめていた。
何故10年バズーカを使うほど泣いていたのか、その理由は分からなくなってしまったが、だいたいの予想はつく。どうせリボーンにちょっかいを出して、軽くいなされたのだろう。十年前はよく見た光景だ。
ココアの飛沫がテーブルに飛ぶほど、マグカップの水面を強く吹いているランボを見守りながら、なまえも自分のマグカップにそっと口をつけた。
どたばたしている内に、なまえの分のココアはいくらか冷めてしまった。それでも、こんな夜ならば、ぬるいココアも悪くないと思えた。
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