週刊性創世記

 帝國図書館の、一般人の立ち入りが許されていない、居住棟。
転生した文豪と、彼らを転生させたアルケミスト――特務司書が、人知れずひとつ屋根の下で暮らしている、生活空間。

 文豪と特務司書の共有空間として、二十四時間常に開かれている談話室の窓は、広く大きい。
開放感のある硝子窓から射し込む光は、すべての脅威だけを硝子によって削ぎ落とされ、温かくやわらかな日差しだけが談話室を満たしている。

 ここには、おそろしいものが何も無い。
雨も、風も、強固な煉瓦造りの外壁と、見た目より案外頑丈な硝子窓に阻まれ、切り取られて、景色のひとつにしか成り得ない。

 談話室のソファに背中を預けた司書もまた、無害な昼下がりの陽気に負けて、少しでも気を抜けばくっつきそうになる上下の瞼と格闘していた。
うとうとと船を漕いでは、ぱっと顔を上げる動作を、何度繰り返しただろう。

 数度船を漕ぎ、何度も瞼がずるずると降りてきた頃、微かな呻き声によって、司書の上下の瞼はぱっちりと開かれ、もう懇ろになりたいなどとわがままを言わなくなった。

 目を閉じれば、『過去』の夢を見るという彼は、たとえこんなに無害な昼下がりのうたた寝にあっても、夢という呪いから逃れられずにいる。
昼下がりの優しい陽気に包まれた談話室は、おそろしいものをすべて遮って、あたたかな日差しでくるんでしまう。
だが、いくら強固な煉瓦の壁であっても、瀟洒な硝子の窓であっても、身のうちから襲い来る、悪夢という脅威にだけは、無力だった。

 司書は、好奇心で一度だけ、どんな夢を見るのですか、と重治に聞いたことがある。
結局、重治は言葉で明確な答えを返してはくれなかった。
その時の、驚いたようにほんの少しだけ目を見開いてから、言葉を慎重に選んで、それから考え抜いた末に沈黙を選んだ、やさしくて苦しそうな微笑みが、いっそ言葉よりもずっと鮮明な答えだった。
重治は確かに、司書の前では微笑みを絶やさないような人ではあるけれど、彼にそんな顔をさせるような夢が、彼を魂の内側から蝕んでいる。

 それは、司書にはどうしようも出来ないことだった。
司書が生きている時代は、重治が生き抜いた時代ではない。
司書が、どれだけ大丈夫と囁いて、ここには怖いものなんて何も無いと慰めたとしても、魂から滲み出す自責や後悔を拭うにはあまりに無力すぎた。『今』しか知らない司書は、本当の意味で、重治の過去を理解出来ないのだから。

 少しだけ躊躇ってから、司書は重治の隣にずりずりと近付いた。
陽だまりの中で、重治の髪が、黄金にも似た色を纏って光り輝いている。

 やわらかなくせっ毛を、いつも重治がやってくれる手つきを真似て、おそるおそる撫でる。
愛おしそうな、慈しむような重治の手つきに比べると、司書のそれは、随分と拙くてぎこちない。

 だけど司書は、祈るしか出来ない。
どうか、こんな穏やかな昼下がりのうたた寝くらい、安らかな眠りであるように。
忘れられない過去が、静かに皮膚の下で息づいていたとしても、それがもう重治を蝕むことが無いように。
自分が許せないとしても、その自責の念が、自らを斬り裂く刃にならないように。

 祈り、願い、司書は重治のゆるやかな螺旋を描くくせっ毛を撫で、指先で弄ぶ。
陽はまだ、天球の天辺から帝國図書館を見下ろしている。
二人分のソファを包むやさしい日差しの中で、司書がひとつ、大きな欠伸をした。