少女になれなかった君へ

 アスファルトに伸びる色の濃い影すらも灼きつきそうな陽射しが、じりじりと小南を刺す。
ずらりと並んだ御影石は、陽射しから逃げる日陰にはならず、それどころか遠赤外線効果とやらで、こんがり焼き上がってしまいそうだ。

 腕に抱えた向日葵と同じ色の髪をかき上げて汗を拭い、小南は立ち並ぶ御影石の間に作られた通路を歩く。
もう、何年も通った道だ。
目印に乏しいモノクロの景色でも、小南は迷うことが無かった。

「……久しぶりね、なまえ。今年もまた来たわよ」
磨き上げられた、御影石。
傍らに置かれた墓碑には、小南の古い友人の名前が刻まれている。
成人はもちろん、高校の入学式だって迎えないまま、石の下に入ったなまえは、どれだけ時間が経ったって、確かに小南のかけがえのない友人だった。

「ボーダーは、あんたが居た頃よりも大きくなったって言ったでしょう? ウチも騒がしくなったの。あたし、弟子も出来たんだからね」
かつて、ボーダーが今よりずっとちいさな組織で、三門市の街中に警戒区域も、巨大な本部基地も無かった頃。
なまえは、小南や他の仲間と共に、トリガーを手に駆けて戦う、戦友だった。

 だが、それだけではなかった。
テストの結果に一喜一憂して、恋の蕾を膨らませては理想の恋人の夢を見た。
休みの日になれば、ボーダーの内外ではしゃぎ回った。

 親友だった。
ボーダーとか、トリガーとか、近界民とか、そういうものが何も関わらない部分、普通の、ボーダーもトリガーも何も知らない子どもが親友とそうするように、小南はなまえと心が深く繋がっているのを感じていた。
全て、過去形だ。
なまえはもう、数年前に居なくなってしまったのだから。

 第一次大規模侵攻の時、数多の民間人の命を救って、代わりにその命を差し出したなまえを、人は悲劇の英雄と呼ぶ。
実に、なまえらしい話だった。
逃げ惑う人々を守る為に、トリオン兵の大群を独りで相手にして戦い、換装が解けても尚、決してその道を開けること無く、民間人を守り抜いたというのだから、何という気高い魂だろう。何という、美しい終焉だろう。

 人は、なまえの姿に気高い英雄を見出すらしいが、小南は違った。
小南の知るなまえは、小南とテストの点数で勝負しては喜び、或いは悲しみ、好きな人の話題になれば頬を林檎よりも赤く染めて慌てふためく、女の子だ。
トリガーを握って戦っただけの、普通の女の子だ。

 好きなバンドの話題で学校の休み時間を使い切り、好きな漫画のキャラクターに抱いた憧れを熱く語る、どこにでも居る女の子。
決して、見ず知らずの誰かへの献身にその身を投じた悲劇の英雄などではなかった。
なまえを知らない誰かは、そんなこと認めないだろうけど。

「ねえ、あんたが好きだって言ってた花、持って来たのよ。向日葵のこと、あたしみたいで好きって、夏になる度に言ってたの、あたしまだ忘れてやらないから」
抱えたままの花束を花立てに飾れば、その鮮やかさに涙が出そうになった。
金の花びらが、風にそよいでその身を揺らしている。
眩しいくらいの、夏の花だった。
彼女が見られなかった、季節の色だった。

「あたしは、あんたのこと、英雄なんて呼んでやらないから。あんたは、あたしの親友で、ただの女の子でしょ。ねえ、なまえ」
少女にもなれず、大人になることも出来ない、こどものまま死んでいった、小南の親友。
その名前を呼んで、小南は鮮やかなグリーントパーズを閉じ込めた色をした瞳を伏せる。

 声はもう二度と届かないなんて、悲劇的なことを言うつもりは無い。だって、なまえは小南の親友だ。人生できっと、もう二度と現れないほどの、唯一無二の親友だ。そんななまえに、小南の言葉が届かないはずが無い。
なまえは絶対に聞いていると確信を持って、小南はいとおしげに囁いた。

「――だいすきよ、なまえ」

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